こちらではこんなコラムが読めます。

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 ・私のコーチングに対する想い/私のコーチングスタイルの特長など

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 ・怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える

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2009年07月02日

愛はまちがわない。ただ・・・

2008年9月2日(火)


■タイトル

愛はまちがわない。ただ・・・


■本文


私の敬愛してやまない心の師匠、かめおかゆみこさんが、「愛はまちがわない。ただ、…」というブログを書かれていました。

「愛はまちがわない、ただ、方法をまちがうだけ」と。
http://plaza.rakuten.co.jp:80/kamewasa/diary/200808310000/

 ※かめおかゆみこさん
 http://kamewaza.com/


素晴らしい記事でした。
いろいろ、考えさせられました。

そこから、触発されて思い出したこと。



私は「言霊」「音魂」というのはある、と考えているのですが。

「音」が表す意味、というのがありますよね。

「m」音が、世界中のどの言語でも「母」を意味す言葉と結びついている、とか。

「n」音は「否定」を意味する言葉と結びついてますし。

ちなみに、「肯定」は「d」音だそうです。



では「ai」は?

「人と人が出会って、関わり合い、感情が動く」。

それらの現象をすべて表しているのではないか、と私は思うのです。

「愛」は「哀」、「会い」、「遭い」、「合い」。

そして"I"でもあり、"eye"でもあり。

イタリア語では「アイ」は痛みを意味する言葉だとか。

ずいぶん以前、TVでやっていた外国語の演劇では、悲嘆を表す間投詞が「アーイー!」でした。
たぶん、ギリシャのものだったと思うのですが。

中国語でも「アイー」は驚きを表す間投詞ですよね。




人と人が出会い、感情が動く。

それがすべて「愛」なのだと思います。

痛みや悲嘆や驚きさえも。

そしてたぶん、怒りや憎しみさえも。



今年の5月末、ふたこさんの第一回「ネイティブアメリカンサバイバル合宿」で。

夜、講師のふたこさんの指示に従い、私たち参加者はひとりひとり、誰とも口を利かず、静かに街灯のひとつもない戸外に散りました。

20分間の夜の自然の中での瞑想のために。



私はひとり、芝生の上に横になり、満点の星空を眺めていました。


「Full of love」


瞑想中、ふいにそんな言葉が頭に浮かびました。


   Full of love、Full of love、Full of love、、、、


   世界は愛に満ちている。




確かに、世界は憎悪やいさかい、ケンカ、暴力、犯罪、戦争などなどに満ちていって。

しかし、それらさえも、「愛」の形を変えたものなのだ。

人と人が出会わなければ、人が完全に世界で孤立していれば、起こらなかったこと。

出会って関わり合ったからこそ、起こったこと。



痛みや悲嘆や驚きさえも、愛なのだ。

怒りや憎しみさえも、愛なのだ。


「愛」は「哀」、「会い」、「遭い」、「合い」。

そして"I"、"eye"。

痛み、悲嘆、驚き。



私は、この春先、人間関係で手ひどく傷つき、苦悶する体験をしました。

 ※こちら参照
  「土石流に襲われてるかのようにつらかった2月」
  「怒りと憎しみの塊になってから戻ってきた(^^;」



5月末のその夜、まだその痛みの名残り、怒りや憎しみのなごりを抱えたままの状態でした。

そんな私に届いたメッセージ。


   Full of love、Full of love、Full of love、、、、


   世界は愛に満ちている。


   その苦痛、その怒り、その憎しみさえも、愛。

   世界は愛に満ちている。





「ああ・・・」と思いました。

「世界は愛に満ちていて、私もまた愛に満ちている」

「この激しい感情、これは本来愛だったもの。ただ表現方法を誤っているだけ」

自分を許し、(私を傷つけたと怒りを覚えずにいられなかった)相手を許しました。

自分自身と、相手を、イメージの中で抱きしめました。

涙があふれては頬を伝いました・・・




posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小さくてささやかなものにこそ、神は宿る

2008年8月21日(木)


■タイトル

小さくてささやかなものにこそ、神は宿る


■本文

8/11に、「原点に戻る〜ロードオブザリング礼賛〜」という日記を書きました。
http://plaza.rakuten.co.jp/sprtcoach/diary/200808100000/


日記に書いた通り、三日掛けて三部作を通して見直しましたよ!

本当に良い原点回帰になりました。

感動し直した〜



  ※ネタバレありかも〜



いやあ、まずはねー、やはり「この世には身を挺してでも守るだけの価値のあるものがある」というメッセージにやられましたね。

そして、「あなたもこの世界に住んでいるんでしょう?」というメッセージにも。


「命を賭けて戦ってでも守る価値のあるものが、この世にはある。
 
 それらを守りぬくのは、この世界に住んでいるもの共通の責任と義務ではないのか?」




確かに。

私は、それらを守り抜くために、自分自身の中の恐れや不信感に立ち向かい続けたいし挑戦しつづけていたい。

目の前に次々と現れる課題に立ち向かい続けていたいし挑戦しつづけていたい。

私はそんな人でいたい。



それから、絶望的な状況での、友軍に対するアラゴルンの演説にもしびれました



「いつか、人の勇気がくじかれる日がくるかもしれない。

  しかし、それは今日ではない!

  いつか、我々がお互いを信じられなくなり、友情の絆を裏切る日がくるかもしれない。

  しかし、それは今日ではない!

  今日は、

  戦う日だ!!」






「怖いよね、逃げ出したいよね、もう投げ出してしまいたいよね。でも、それは今日じゃない。今日は、踏みとどまり立ち向かう日だ。」

私は常にそう言っていたいな。

常にそういう人でいたい。



なんていうかねー、三部作を通して見直して、今後の人生に採用する新たな判断基準を見つけたな、と思いました。


「世界を良くするのか否か。」

この問を、今後の判断基準として採用したい。




 「この決断は、世界を良くするだろうか?」 

 「世界をより良くする選択肢は、いったいどちらだろうか?」

何かの判断に迷ったとき、自分にそう問いかけたい。


  世界を少しでも良くするためなら、なんでもできる。

  世界が少しでも良くなるためなら、なんでもする。




それからまた、映画から、『小さくてささやかなものにこそ、神は宿る』というメッセージも読み取りました。


たとえば、身を挺してでも守り抜きたいものの象徴として、何度も何度も映しだされるのが、「ホビット庄」。

小さな、ささやかな、田舎の農村。

おいしいものを飲み食いすることをこよなく愛している小さな人々の住む緑豊かな村。



そして、戦いの背景に何度も映しだされるのが、攻められている城内でおびえる幼い子どもたち、その子らを抱きしめる母、老人たちの姿。



私たちはなんのために戦うのか?

戦ってでも守り抜きたいものは何か?

その答え。


  緑の農村。

  そこに住む素朴な人々。

  幼い子ら。

  子を抱く母。

  老人たち。



そして、物語の鍵をにぎる「指輪」を運ぶ大役をつとめることができるのがホビット族だけだ、というのも、象徴的ですよね。

ホビットってのは、輝かしいところが何もない純朴な種族、として物語の中で描かれます。

これといった能力がない、小さくてのんきで朗らかな種族。

戦闘力なんて皆無に近い、弱い存在。

無欲かつ無力。

ホビット庄でのどかに暮らす素朴な農民たち。



しかし、最後のハッピーエンドのシーンで。

即位したばかりの王アラゴルン、エルフの王、そして並み居る大群衆が、

4人の小さなホビットたちの前に膝を折り、頭を垂れます・・・

なぜなら、ホビットたちこそが、「指輪」を運びきったから。

世界を滅亡から守ったから。



感動したなあ



小さくて、ささやかで、無力で無欲なものの存在の、大切さ。

そういう存在こそに、神が宿るのだと思うのです。

命を賭けてでも守り抜く価値があるのは、そんな存在。

そしてまた、そういう存在こそが、真に強い。

世界を守り通してくれるのもまた、そんな存在。


私たちは、そういう存在を守りながら、そういう存在に守られているんでしょうね。




         □ ☆ □




以上、長くなってしまいましたが、まとめ。

【今回原点回帰して得た学び】

◎「世界を良くするのか否か」という問いを、今後迷ったときの判断基準として採用。

◎小さくてささやかなものにこそ、神は宿る。
 守るべき対象も、真に強いものも、「小さくてささやかな存在」。
 心からのリスペクトを。


posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分の本質を輝かせて生きる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

がんばってがんばって役に立つ自分になれれば、周囲に受け入れてもらえてる実感が手にはいると思ってがんばってきた。

2008年8月12日(火)


■タイトル

燃え尽き症候群また発症中


■本文

定期的に「もうこれ以上がんばれない」という状態に陥るたまちゃんです(苦笑)

この度、これと言って「大きなイベントが終わった」などのわかりやすいきっかけもなく、一週間ほど前からガクッと来てました・・・

前兆はもっと前からありましたね・・・一ヶ月くらい前から? 

ピークは昨夜。



「なあーーーーーんにもしたくなぁーーーーーいっ!!!」




やらなければいけないことを目の前にすると、体の奥底から、ほとばしるようなつらい想いがあふれてきて・・・

苦しくて苦しくて体も思うように動かないし、涙は止まらなくなるし。

パソコンを前に、事務処理などに取りかかろうとするたびに突然何もできなくなってしまって。





  ※そのせいで、メールの返信・メッセージの返信など、各種作業が滞っております。

  ご迷惑をおかけしてる皆様、ご心配をおかけしてる皆様、ごめんなさいね

  自己管理能力がまだまだ低くって。

  ホント、お恥ずかしい限りです。

  今後、鋭意努力していく所存ですので、温かい目で見守っていただければ幸いです。




その「なんにもしたくない」気持ちをよくよく聞き取ってあげると、その底にあったのは。



「もうこれ以上がんばれない」



そしてもっとその底にあったのは。

「がんばってがんばって役に立つ自分になれれば、周囲に受け入れてもらえてる実感が手にはいると思ってがんばってきた。

でも、なにも変わらないじゃないか。

いつまでたっても、どれほどがんばっても、いくら実績をあげても成果をあげても相変わらず不安なだけ、寂しいだけ、孤独なだけ。

がんばってもがんばっても、何も変わらないなら、もうこれ以上がんばりたくない。

何もしたくない。」



という想い。



ああ。

私は、「がんばってがんばって、役に立つ自分にさえなれれば、周囲から受け入れてもらえる」と思いこんで、自分にむち打ってきたんですね

・・・


全然気がつかなかった。




あのね、「役に立つ喜び」と、「受け入れてもらえる安心感」は、分けて考えて大丈夫なんだよ。

受け入れてもらえた実感、欲しいよね。

当然だよ、わかるよ。

人として当然の欲求だよ。

これから、もっともっと味わえるようになっていこうね。


でもね、それは「役に立つ」ということとは、関係なかったんだよ。

役に立たない自分でも大丈夫だったんだよ。

必要なことは、「受け入れられていると実感したい自分」に気がつくことと、そして、周囲からの愛と受容を受け取ると宣言すること。

それだけでもう大丈夫。

安心して満ち足りて愛を実感していけるようになっていくよ。

これからどんどん変わっていくよ。





そして、「役に立てる喜び」も、もっともっと謳歌していこうね。

私たちはたくさんの人の役に立てるよ。

存在意義を発揮していこうね。

お役に立つ喜び、満足、輝きあえる悦び、照らしあえる悦びを、もっともっともっと純粋に味わおうね。

何かと引き替えるための取引材料として、ではなく、ただただ喜びのために。


もっともっと、生きることを楽しんでいこうね>小さなたまちゃん。


posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | インナーチャイルドの癒やし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なにゆえ、私は心理学やコーチングやコミュニケーション術を学び続けるのか。

2008年7月23日(水)


■タイトル

ど、どこですか?なんですか?しかも、すっごい幸せそう・・


■本文

デブリハット珠帆 小.jpg


最近マイミクになった方から、ミクシィでプロフィール画像に使っている写真(上)について、


 『この写真、すごいですね

  ど、どこですか?なんですか?しかも、すっごい幸せそう・・』
  



という感想とご質問をいただきました


この写真は、今年の5月に行われた第一回「ふたこわたるネイティブアメリカンサバイバル技術体験合宿中のワンシーンです。

一日目の午後、自分たちの手で作り上げたばかりの「デブリハット」から顔をのぞかして満足げな私。


本当に幸せそうですよね。

実際、最高に楽しくて、最高に幸せな二日間でしたから・・・




「デブリハット」とは、山の中に落ちている枝や落ち葉で作るシェルター。

シェルターって、つまり「隠れ家」「避難所」という意味ですが、いわばビバーク(緊急一時露営)用の即席テントですよね。

山に落ちている物しか使わない、究極にエコな、緊急避難所。

山歩きの最中に、今夜の眠る場所をぱぱぱっと作り上げる。

そんな技を習ってしまったわけです。



他にもたくさんのことを学んだ、私にとってエポックメイキングな二日間でした。

大きな大きなターニングポイントとなりました。



なんていうか、


     「目指していたのは、ここじゃないか!!」  


という衝撃を受けたのです。



なにゆえ、私は心理学やコーチングやコミュニケーション術を学び続けるのか。

なにゆえ、私はセミナーや講座やワークショップを受け続けるのか。

なにゆえ、私は各種セラピー、各種ヒーリングなどのインナーワークに取り組み続けるのか。




どこに行き着きたいのか。

どこを目指して歩き続けているのか。



その答えを見つけました。


その「目的地」がそこにはありました。




本の中にも、かでる2・7の中にもエルプラザの中にもちえりあの中にもありませんでした。

(かでる2・7、エルプラザ、ちえりあ、というのは、札幌の主な貸し会議室です。多くのセミナーはそれらの施設で行われます)


"天と地の間"にありました。


大地の上にありました。

木漏れ日の中にありました。

風の中に。太陽の下に。落ち葉の上に。

私の身体の中に。

人の肉体の中に。

地球の上にありました。



地球のいのちといのちの間に満ちていました。




有名な寺山修司の言葉に「書を捨てよ、町へ出よう」というのがありますが。

私は「知識はもう十分だ、大地に立とう」と言いたい。




なにゆえ、私は心理学を学び続け、セミナーを受け続け、セラピーを受け続けていたのか。



「私は生きていてもよい」という実感を得るためでした。

「私は存在を受け入れられ、許されている」と感じるためでした。

「生きている喜び」を感じられるようになるためでした。




その実感を、私はとうとうあの日、空の下、大地の上、木漏れ日の下、風の中、身体の中、肉体の内に見いだすことができたのです。


目的地は、実感は、本の中にも、かでる2・7の中にもエルプラザの中にもちえりあの中にも見つけられるものではありませんでした。


たくさんの知識と情報とスキルと学びは、その目的地に至るための手段にすぎませんでした。


   ※目的地ではなく手段であった、というだけで、もちろん手段としては非常に有効なものですよ!



しかし、私は、日頃から山奥の村に住んでいます。
毎日、あの空気を吸い、あの大地の上を歩いています。
でも、全然つながることができなかった。

あの日、あの場で、いったい何が起こったのでしょうか。

私が世界とつながるためには、いったい何が必要だったのでしょう。


その答えは、きっと「覚醒した先人たちの叡智」なんでしょうね。


ネイティブアメリカンの叡智。

その叡智の魔法が、私を目的地に導いてくれました。

私の中のプラグが、世界のコンセントにプチプチと音を立てて次々につながりました。

自分が世界から受け入れられ、愛されていることを実感しました。

生きる喜びが全身に流れ込んできました。

だからこそ、写真があれほどまでに幸せそうで満ち足りているのでしょうね・・・


posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分の本質を輝かせて生きる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

対人恐怖症だった私が、願望実現できたコツとは

2008年7月16日(水)


■タイトル

「恐れ」って、願望が実現するときの陣痛なんじゃないだろうか。


■本文

私、出発点がめちゃくちゃ低いんです(^^;

今でこそ物怖じせずに活躍しているかのように見えるかもしれませんが。

つい5年ほど前まで、ひどい対人恐怖症でした。

あまりの対人恐怖の強さに、就職もあきらめました。

バイトだけは色々やってましたが、ものすごくつらかった。

挨拶するのが怖い、世間話するのが怖い、オドオドびくびく、緊張しっぱなし。

ちょっと注意されただけで「やっぱり私なんかダメだ!」とパニックに襲われ

取り乱して泣き出したりしてしまう。


だから、一度も正社員や就職の経験のないまま、今に至っています。


成功しているコーチには

「トップ営業マンだった」とかいう方が多いですよね。

そういうことを聞いたりすると、自分との違いに愕然とします(^^;


私は人と目が合わせられず、世間話なんてもってのほか。

就職もできなかった。

私は出発点が限りなく低い。



それなのに、今はこうして並み居るコーチと肩を並べ、

「組織に属さない自由業で経済的自立を果たす」という子ども時代からの夢を

実現させています。



なんと、月収20万を越すカウンセラー・コーチの数は、

全体の約8%しかいないと言われているそうです。

私は、起業からわずか半年後にその8パーセントに加わることができました。



実は、私は子どもの頃に描いた夢のほとんどを、既に実現してたりします。

◎以前、思い出せるまま、叶ってないものも含めて「子ども時代に描いた夢」を
羅列してみたページはこちら。
http://tamahomishio.blog69.fc2.com/blog-entry-157.html


見ていただければわかるように、結構難易度が高い望みも多いにも関わらず
15個中、11個が叶ってます。

つまり、願望達成率7割以上!



その秘訣は?

なにがコツだったのでしょう?




私の実体験、そしてコーチや占い師になるためにした勉強、

そしてクライアントさんの夢実現の過程に寄り添うお仕事の現場の中で

つかみとった願望実現のコツは、「内観」。





自分自身の内側をしっかり見つめ(内観)、

自分が抑えようもなく願ってしまうこと、熱望してしまうことは何か、を明確にする。


抑えようもなく願ってしまうこと、熱望せずにいられないことは、

「魂が生まれる前に描いてきた今生の青写真」にかなうこと。



だからこそ、夢中にならずにいられない。

あきらめることなんて、とてもできない。




自分の内側からこみ上げてくる情熱に従って生きることは、自分の魂の要請に応えること。

自分の今生の青写真に従って生きること。

「偉大なる何者か」の期待に応え、使命を生きること。


だから、内観を通して「自分の心の底からの願い」を明確にし、

それに忠実に生きると

宇宙からたくさんの援助が得られてしまうのだと思うのです。

その結果、その夢は実現してしまうのだと。



まず、自分の内側をまっすぐにじっくりと見つめ、

自分が望まずにいられないもの、自分が求めずにいられないものを認めてください。

それを望んでいい、求めていい、と自分に許可してください。



苦手意識や「きっと無理」みたいなネガティブな感情がわき上がってくるなら、

そのネガティブな感情をしっかり見つめ、解放してください。




内側からこみ上げてくる本当の願いをまっすぐ見つめず、

本当に求めているものを掘り下げもせず

ぼんやりした夢を見ているだけでは何も変わりません。


そういう意味では、

「願っていればいつかは叶う」

「思い描いていればいつかは実現する」

というのは、嘘です。


どんなタイプの人に惹かれずにいられないか、

どんな人と一生を共にしたいのか、を掘り下げもしないで、

「とりあえず金持ちで、まあまあかっこいい人」程度のビジョンをぼんやりと思い描いていても、

なかなか赤い糸の相手と巡り会うことは難しいでしょう。



どんなことに取り組んでいるときが一番充実してるのか、

好きで好きで仕方ないことは何か、を掘り下げもせず、

「とりあえず給料が高くて年休の多い職場」程度のビジョンをぼんやりと思い描いていたら、

天職に巡り会うことなど、多分無理でしょう。



すべては「等価交換」なのです。

人は、何らかの対価なしに、何も得ることはできないのです。

費やしたエネルギーに見合うものが返ってくるのです。



内観を怠り、

実際に自分の中にある願い、夢、希望、理想、

また恐れや不安をはっきりと明確にすることを避けていては何も得られません。




「恐れ」や「不安」があるところは、エネルギーの動いているところです。

何一つ動きがない場所では、感情も動きようがありません。

「想い」があるからこそ、「成長の動き」があるからこそ、「恐れ」や「不安」も芽生えるのです。


いわば、恐れと不安は、「陣痛」なのです。

「産みの苦しみ」なのです。

「変化の摩擦熱」なのです。


それら変化の痛みを恐れないで下さい。

そこをしっかりと見つめ、起ころうとしている変容をサポートしてあげてください。

育とうとしているものを育てあげてください。

生まれようとしているものを生まれさせてあげてください。

エネルギーを注ぎ続けてあげてください。


そうすれば、おのずと夢は実現していくのです。



生まれる前に決めてきた、あなたの「魂の青写真」を、内観によって明確にしてください。

魂の要請に従ってください。

「偉大なる何者か」の期待に応え、使命を生きてください。


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人が自分自身になるということ

2008年7月3日(木)


■タイトル

人が自分自身になるというのは、これほどまでに大変なことなのか


■本文

ずっと自分自身であるということを否定して生きてきた。

自分自身とつながることを拒否し、世界とつながることを拒否し、

自分の人生を生きることを拒否し、地球に生きていくことを受け入れることを拒否し。



6年前の夏、「白い自分」を受け入れた。



私はより良く生きたいと願っている。

人の役に立ちたいと願っている。

社会の役に立ちたいと願っている。



「おまえなんかにそんなことを願う資格はない」と自分を否定するのをやめた。



"役に立つかも知れない自分"

"役に立ちたいとまっすぐに願う自分”

を受け入れ、許した。



「白い自分」、自分の中のホワイトサイドを受け入れた。



それ以来、まっすぐに、人の役に立とうと、社会に貢献しようと、人の輝きを応援しようと、自分自身の良い面を生かしていこうと、がむしゃらにあがいてきた。

強い上昇志向で、天を目指して伸び続けた。




そして、2年前の夏。「黒い自分」と出会い直した。

それは、役に立てない自分。

人に迷惑をかける自分。

人を傷つけてしまう自分。

弱音を吐き、愚痴っぽく、めそめそした寂しがりやな自分。

ブニュブニュと柔らかくてすぐに傷つく、弱々しくて未熟で、人に助けを求めずにいられない依存的な自分。

そして激しい怒りや恨みつらみ、憎しみを抱いている自分。



それ以来、二年間掛けて、「黒い自分」と向き合い続けてきた。



そして、抜けた。



私は自分のダークサイドを受け入れた。



この地球に、肉体をまとって生きることを受け入れるっていうことは、汚かったり醜かったりする自分を受け入れる、ってこと。

他の存在を傷つけたり命を奪ったりしながら生きることを受け入れる、ってこと。

きれい事では生きていけない、ってことを引き受けること。



迷惑をかけるということ。

負担だってかけるだろう、ってこと。

役に立てないことだってある、ってこと。




汗もかくしゲップもするしおならだってするし排泄だってする。




弱かったり未熟だったりかっこわるかったり惨めな失敗をすることだってある。




そんな自分を受け入れ、それでもなお生きる、って覚悟を決めること。




白い自分と黒い自分が、一つの円になった。




まず、白い自分として天を目指して伸び


それから黒い自分として、地に根を張る。




大変な作業だった。

七転八倒を繰り返して、こんなに長い年月が必要だった。




人が自分自身になる、ということは、これほどまでに大変なことなのだな、と。

感慨無量。



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2009年07月01日

私のスピリチュアルコーチングセミナーについて


2008年6月24日(火)


■タイトル

2年ぶりにコーチングセミナー開きます。


■本文

ちょっとした事情があり、一旦封印しなければならないかと思われた私のコーチングセミナー。

二年前、札幌での開催時、「珠帆美汐のコーチングセミナーはこれが最後かもしれません」という文言を入れて告知しました。

その後事情は一転し、開催しても大丈夫に。

(またその事情は差し障りのない範囲でお話したいと思います)




というわけで、二年ぶりに開催します!!


二年間も間が空いたこともあり、「どんなセミナーにしたいのか」「何を伝えたいのか」を再度考え直しました。

そして、告知文を以下のようなものに作り直してみました。

どう思います?

そそりますかねーー?

ご意見募集!


って言っても、もう二週間弱しかないのですが

今更告知文をいじってる場合か、的な自分ツッコミを密かに入れつつ。




   −−−−以下−−−−




この「コーチングセミナー」ではコーチングは教えません。


わずか一日半の講座でコーチングを教えるのは無理があります。

そんなことをしようとすると
「コーチングとはどういうものか駆け足でご紹介します」みたいな
浅い体験講座にしかなりません。

そんな「コーチングの表面をサササッと撫でる」ような講座を
体験したからといって、知的好奇心は満足するかもしれませんが、
日常生活の役に立つでしょうか?

これからの人生の役に立つでしょうか。

私にはそうは思えません。




私はこの講座で、『内なる声との対話』を体験していただきたいと思います。

それは、私が自分の行うコーチングセッションでとても大切にしている要素です。

その人の内なる声に耳を澄まし、聴き取ること。

なぜなら、「すべての答えはその人の内側にしかない」からです。

自分自身が何を望み、何を恐れ、何を希求しているのか。

私はいったいどうしたいのか。


すべての答えは自分の中に既にあります。

そこを聴き取る力を得ることは、今後の人生で迷うことが激減するということ。

周囲に惑わされにくくなること。

自分らしい人生を送る力を得るということ。

揺るがなくなるということ。

不安が減るということ。




今回のこの講座は、
私の行っている"スピリチュアルコーチング"
(精神性を重視するコーチングであり魂の成長を目指すコーチング)の中から、
『内なる声の聴き方』に焦点を絞ってお伝えします。


自分の内なる声を聴けるようになり、
目の前の対話相手の内なる声を引き出してあげるようになる講座を目指します。

繊細で精妙な『内なる声』『心の声』を引き出すには、何が必要で、何が大切なのか。

そのコツをお伝えします。



本質の自分自身と向き合い、対話したい方へ。

目の前の対話相手が心に秘めている想い、それを引き出してあげたい方、
明確にするのを手伝いたい方へ。

あなたの大切にしている方々と、
よりスムーズで、より深いコミュニケーションが取れるようになりたい方へ。




7/5,6 「珠帆美汐」スピリチュアルコーチングセミナー
http://tamaho.seesaa.net/article/98352737.html



  −−−−以上−−−−



どうでしょうね??

アドバイスなどありましたら教えてくださいませ。

posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 私のコーチングに対する想い・私のコーチングスタイルの特長など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

薄皮をはぐように、幼少時のトラウマ由来の信念体系を手放していく


2008年6月1日(日)


■タイトル

薄皮をはぐように、幼少時のトラウマ由来の信念体系を手放していく


■本文

5/31(土)は、メルマガ発行仲間、心屋仁之助さんの 『自分を開示し 人間関係やコミュニケーション、劣等感が根本から楽になるワークショップ』に出て参りました!

 ※心屋仁之助さん
 サイトhttp://www.kokoro-ya.jp/


二日間セミナーのうち、二日目の今日(日曜日)は所用のため出席できなかったのが本当に残念。

一日目だけでもかなり深かったので、二日目も参加したらどうなったことでしょうか・・・

早速昨日お友達になった、参加者さんのお一人が二日目の感想&報告メールをくださいましたが、かなりな感動体験&変容体験をされた様子です

出たかったなーーーー





一日目だった昨日。

「今までの失敗体験」などを一分間ずつかるーく話す、みたいなところから始まり。

「トイレねた」などをシェアしてげらげら笑いあっていたわけですが。

ぢんのすけさんの深刻ぶらない爽やかなリードのもと、気がつけば「子供時代のつらかったこと、されていやだったこと」「そのとき、本当は言いたかったこと」などを泣きながらシェアしている自分がおりました

あの重くて深くて痛い話を、なぜかついついさくさく話してしまう雰囲気作りはうまかったです、ぢんのすけさん。

段階を踏んでスモールステップで軽い話から深い話、痛い話、本当の話に少しずつ近づけちゃう手法は・・・鮮やかでしたね。

さすがです。



で。

昨日。

「子供時代のつらかったこと、されていやだったこと」「そのとき、本当は言いたかったこと」などについて、涙ながらに話す体験を通し・・・

自分の子供時代の傷や痛みや苦しみを、俯瞰して一覧しました。

そして、私はまだまだこんなにたくさんの問題を生々しい痛みと共に話すような状態にいるのだな、と(苦笑)


今回、この時期にこんな時間を持つことができたことに、なんだか、布置(コンステレーション)を感じました。

シンクロと言い換えてもいいのですが。


2006年の春くらいから二年間掛けて、私は自分の中の見捨てられ不安や愛情飢餓感、孤独感、傷ついたインナーチャイルドと徹底的に向き合い、解放し、癒すことに取り組んできました。

その二年間も掛かった大きな流れが、今やっと終わりかけています。

この二月三月の日記にも少し書いた、人間関係でひどく傷ついた体験、憎しみにとらわれてしまった境地からはい上がってきた体験が最後のクライマックスとなりました。

その痛みと苦しみと七転八倒からはい上がる過程で、"自分自身とつながり直し、受け入れ直す"、ということができたような気がします。

そして先日の「サバイバル技術体験講座」で、"世界とつながり直す"体験をしました。



自分自身とつながり直し、統合された自分として世界とつながり直した一週間後、子供の頃のトラウマ体験を一覧する機会に恵まれるなんて。

なんとも不思議なタイミングです


その幼少時トラウマ一覧を通し、自分の誤った信念体系を見直しました。

「生まれてきてごめんなさい。生まれてきたことで、迷惑を掛けてごめんなさい。」

「私はここにいない方がいい。いると迷惑になり、負担になる。」

「私は一人ぼっちだ。」

「誰も信じてはいけない。」

「優しい言葉で近寄ってくる人は、みんな手のひらを返して裏切って去っていく。」



・・・確かに、私にはこういう思いこみがあります。

まだ、残ってます。



薄皮をはぐように、少しずつ、少しずつ薄くなっていますが。




ぢんのすけさんのワークショップを通じ、また薄皮を一枚はぐことができた、と感じてます。

残った薄皮も、もう少ない気がする。

完全解放される日も、もう近い気がする。


ぢんのすけさん、ありがとう!

二日目も出席できれば、きっと完全解放できたんだろうなあ。
残念。

 ※心屋仁之助さん
 サイトhttp://www.kokoro-ya.jp/


posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | インナーチャイルドの癒やし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

炎は生きている


2008年5月27日(火)


■タイトル

炎は生きている。火種は生まれたばかりの炎の赤ちゃん。


■本文


ネイティブアメリカンのサバイバル技術体験合宿、本当に素晴らしい気づきが満載だったのですが。

とても心に残っているうちのひとつが、

「炎は生きている。火種は生まれたばかりの炎の赤ちゃん。」

という考え方。


アパッチインディアンはそう考えるのだそうです。




ネイティブの方々は、森羅万象に命を見たそうですが、「火」にも命があると考えた。

火だねは、生まれたばかりの「火」の赤ちゃん。

だから、小さな小さな火だねを、大事に大事に育て、炎にまで育て上げる。

そしてその火を、自分の用が済んだからって無造作には消さない。

燃料をすべて燃やし尽くし、まっとうさせる。

自然に燃え尽きるまで、大切に面倒を見る。

静かに静かに、自然と燃え尽きるまで、見届ける。



そしてまた、野外でのたき火ならば、たき火の痕跡を元の姿に戻すまでを責任持ってやる。

炭や燃えかすを、土とよく混ぜ、「そこで火が燃やされた」などとちょっとやそっとではわからないようにまでする。



すごく、リスペクトを感じませんか。

森羅万象へのリスペクトを。

「火」に対するリスペクト。

「自然」に対するリスペクト。

「いのち」に対するリスペクト。




写真、一番下は、「火おこし」の道具です。

手作りの道具。

それを使って、苦心して丁寧に火だねをおこす。

その火だねを「いのち」として「赤ちゃん」として、大切に扱い、大切に育てる。

そして、丁寧にその命をまっとうさせる。

見届ける。

看取る。



美しい。

美しい行為ですよね。

祈りを感じます。




「ちゃんと」という言葉には言霊があると思っているのですが。

というのは、英語で「chant」は「祈る」「詠唱する」「まじないを唱える」という意味。

サンスクリット語で「shanti」は「心の平安」という意味。

日本語の「ちゃんと」にも、同じ音魂がこもっていると思うんですね。

「祈りをこめながら、丁寧に行う」という。



「ちゃんと」火を扱う、とはどういうことか、を教えていただいた気がします。

そしてそれは、「ちゃんと」生きる、「ちゃんと」生活する、ということとつながってくるのだな、と。



そしてまた、火の命を大切に扱い、まっとうさせるという考え方に、「情熱の完了」ということを思いました。



コーチングでよく使う用語に「未完了」っていう用語があるのですが。

まだ思いが残ってるのに中断させた、中断させられたものって、いつまでもくすぶるんですね。

その「未完了」を「完了」させてあげると、すっきりする。



「未完了」が何か残ってると、エネルギーのだだ漏れを起こす。

「未完了」を「完了」させると、すべてのエネルギーを前に進むために効率的に使える。



これ、火を途中で消さず、すべての燃料が燃え尽きるまで丁寧につきあうのと、似てませんか?



私はコーチングの中でもビジネスライクなものより「感情解放ワーク」が得意なのですが、私がやっているのも「まだ残っているおき火を燃え尽きるまで大切に扱う」ってことだな、って思います。



まだ心の奥にくすぶり続け、不完全燃焼を起こし黒い煙を上げ続けている思いを、

あえて日の当たる場所に出してあげて、

酸素をたっぷり注いであげて、

赤々と燃え上がらせてあげて、

残っていたものを燃やし尽くす。

自然と燃え尽きて、白い灰になるまで、大切に大切につきあってあげる。



それをしてあげると、未完了から解放されます。

思いが残らない。

くすぶらない。



燃え尽きたら、痕跡を残さないほどに元の姿に戻してあげて、前に向かって進み始めればいい。

そういうことなんですよね。



すべての想い、すべての感情、すべての情熱を、その命をまっとうさせて後に引かさない人生って、幸せで充実した人生だろうなと思います。

コーチングとタロット占いを通してそのお手伝いをしていきたいな、と、ネイティブの方々の火の扱い方を知ることで、あらためてしみじみと思いました。


posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 私のコーチングに対する想い・私のコーチングスタイルの特長など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私のマルセイユタロット講座


2008年5月14日(水)


■タイトル

だってあぜさんがあんまり凄すぎるから自信を喪失しちゃってましたが


■本文

「セミナー開催報告」っていうブログも持っています。

開催したセミナーの記録を残していこう、っていう趣旨。

写真とか、感想とか、参加者さんからのアンケート結果よりWEB掲載の許可を得られたものをアップしたり。

でも、ここのところすっかり更新が滞っていたのですが、先日丸一日かけてかなりまとめてアップしました!

よかったら私の苦労の結果をちょっと見てやってくださいな。



「セミナー開催報告」トップページ
http://moon.ap.teacup.com/tamaho/


2/22「愛と桃舎 カモワンタロット二日間講座」 
http://moon.ap.teacup.com/tamaho/44.html


他にもいっぱい。
谷口さんの集客講座とか。
私のマルセイユタロット講座とか。


いや、改めてアンケート結果をまとめてアップしてみて、自分のマルセイユタロット講座も評判よかったんじゃん、ってちょっと自信回復
  こちら http://moon.ap.teacup.com/tamaho/43.html


あぜさんのカモワンタロット講座があまりの絶賛されぶりなので、私もちょっと教え方や伝え方工夫しなけりゃな、ってちょっと自信喪失中だったのですが。


posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | タロット占い関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今後の私の新しい背骨

2008年5月11日(日)


■タイトル

今後の私の新しい背骨


■本文

というわけで(ってどういう訳かは前回の日記をご参照くださいませ)、この場を借りて、セルフコーチング!

興味のあること、今までやってきたこと、今着手していること、これからチャレンジしていきたいこと。

一見ばらばらそうなトピックを見渡して、統合と自己一致のために。





        □ ☆ □



◎私は何者か?

私はスピリチュアルコーチです。

私は「スピリチュアル」という言葉を、「霊感を使う」とかそういう意味ではなく、「精神的な」という本来の意味で使っています。

私は「物質的な成功よりも精神的な充実感を大切にするコーチ」であり、「魂の成長を目指すコーチ」です。


私はトランスパーソナルな視点から、「個の幸せ」は「世界平和」に直結すると信じます。

世界の平和は、私たちひとりひとりの「内なる平和」から始まる、と。

「全体の幸福」なくして「個の幸福」はなく、逆はまた真なりで「個の幸福」なくして「全体の幸福」はあり得ないと信じます。


私は、

世界平和のために、

環境保護のために、

チベットの自由のために、

世の中からいじめをなくすために、

世界中の母親と子供たちをまもるために、

人権のために、

人類愛のために、

目の前のクライアントさんに誠実に真摯に向き合います。



目の前のクライアントさん一人一人の心の平安と、精神的な満足と、人間性の向上、人生の幸福度の向上。


それが世界平和に、人類愛に直結すると信じます。

小さな小さな一歩かもしれませんが、小さなことからコツコツと、うまずたゆまず取り組み続けたい。



ひとりひとりの人間性の成熟や魂の成長を目指し、成幸へと導く、

ひとりひとりの成長と幸福から世界平和とより良い社会の実現を目指す。

それが私の考える「スピリチュアルコーチング」です。





そしてまた、「大いなる宇宙意志」というものはある、という説を、

「答えは自分の内側にしかない」という説を、

シンクロニシティというものは起こるという説を

採用します。




そういういわゆる“スピリチュアル”な考え方や価値観を採用しているコーチ、という意味も、

「スピリチュアルコーチ」という言葉にはこもっています。


すべてはベストのタイミングで起こるギフト。

人は皆、その人にできる精一杯の努力をしているもの。

人は皆、生まれるときに人生の青写真を描いて生まれてくる。

人は皆、適切な注目と共感さえ与えられたら、自然と成長してしまうもの。

適切な陽光と水さえ与えられたら、天を目指して伸びてしまう植物のように。

ひとは光。

いのちは光。


そう信じます。


私はそんな、スピリチュアルコーチです。




◎私は何を目指しているのか。

ひとりひとりが万全に輝く世界を、目指しています。



社会はジグソーパズルのようなものだと思うのです。

一つ一つのピースに欠けている部分、突出している部分がそれぞれあり、
一つとして同じ形はない。

あなたでないと埋まらない場所がある。

あなたを待っている人たちがいる。

あなたの欠けている部分を、他の誰かが補うだろう。

あなたの突出している部分が、他の誰かを支えるだろう。

そうやって、人と人がありのままの姿で支え合い補い合う、社会とはジグソーパズルのようなものだと思うのです。


そして、あなたが欠けている部分を恥じて隠すと、あなたを探している人たちがあなたを見つけられない。

あなたが突出している部分を十分に表現していないと、あなたを探している人たちがあなたを見つけられない。

あなたがあなたであることを、恥じないでください。

あなたらしさを存分に輝かし表現してください。

あなたを待っている人たちがいるのですから。

あなたでないと埋まらない場所があるのですから。



私は人にそう伝えたい。

そして、人と人がありのままの姿を表現して受け入れあい、支え合う、そんな社会の実現を目指しています。



あなたはあなたのままでいい。

あなたがあなたらしく輝くことは、周囲を明るく照らすこと。

自分らしさを抑えることで、ではなく、自分らしさを万全に輝かせることで、社会の役に立ちたいと思いませんか?


そう伝える人でいたい。


私は「眠れるライトワーカーをたたき起こし火を点けて回る人」をめざします。

自分らしさを抑え、周りに合わせ、窮屈に生きている人を、「本来の自分」に立ち戻らせ、「本来の居場所」に導きたい。

全員に「本質」を生きて欲しい。

ひとりひとりが「本質」を生きる社会。

本質を完全燃焼させる社会を、私は目指します。

世界平和の実現のために。





◎私はどこへ行き着こうとしているのか。

私は「チーム」を求めている。

社会の中で、発言権を得たい。

社会の中で、影響力を発揮したい。

流れを起こしたい。


「あなたはあなたのままでいい」をもっともっとたくさんの人に伝えるために。

「人が自分らしく輝くことは、周囲を明るく照らすこと」をもっともっとたくさんの人に伝えるために。

人が自分自身の本質を生きることをもっともっと効率よく支援するために。


そのために、「旅の仲間」が必要なんだ。


だから、ピンとくる講師を招いてイベントの企画主催をしてるんだな。

私と伝えたいことの核心が近い人。

私とは違う角度で、異なる立場や概念から、同じ真理について語ってくれるひと。

その言葉に力と情熱があるひと。

そんな人をどんどんスカウトしてきて、質の高いセミナーや講座やイベントを開く。

たくさんの人に、多様な角度から、同じ真理について語っていきたい。

広めていきたい。

より雄弁に。

より多彩に。


そしてまた、実力はあるのにまだあまり知られていない講師をデビューさせることができたり、その方の可能性を大きく広げたりするお手伝いができたら・・・コーチ冥利に尽きる。

やっていることはイベントの企画主催であってコーチングでなくても、

人の本質を輝かせるお手伝いができたことになる。

「眠れるライトワーカーをたたき起こして火を点けた」ことになっちゃう。



私が行き着きたい場所は、

“価値観が近くて同じ真理を大切にし、同じ志を抱いている仲間と、チームで社会に影響力を発揮している場所”

ってことになるのかな?



チームで、旅の仲間として、熱く夢を語り合っている場所。

新しい流れの発信基地。

そして、どんどん新しい仲間が加わってくる場所。

「もう自分が自分であることを抑えません。私は私の人生を生きます!」

という宣言を携えて、次々に新しい仲間が集まってきてくれる場所。

そしてどんどん新しい企画が生まれて、面白いことや楽しいことが目白押しで・・・


そんな場所で、自由でいたいな。

ネコ科の大型獣みたいに。

完全にリラックスして、完全に自分自身で、完全に自由でいたい。

ネコ科の大型獣みたいに、悠然と寝転がってしっぽをぴくんぴくんさせていたい。

そして、なにかにピン!ときたら、突然身軽に走り始めたい。

そのときに、何頭かの仲間が自由意志で一緒に走り始めてくれたら嬉しいな。



「自分自身でいる」

「自分の本質を輝かせる」

「常に自分とは何かを自己に問いかけ続け、刷新し続ける」

そんなことにコミットした仲間に囲まれて、リラックスして、自由でいたい。


ネコ科の大型獣みたいに。

そんな場所、そんな境地、そんな状況を目指します。



        □ ☆ □



さて、ばーーーーっと思いつくままに書いてみて。

セルフコーチングにはなったのだろうか。

私は何者か、ははっきりしたのだろうか。


統合と自己一致は、はかれたのだろうか。


「自分自身の本質を輝かせ続けること、

人の本質を輝かせるお手伝いをすること、

ひとりひとりが輝ける社会の実現を目指すこと、

そこを通して世界平和とより良い社会の実現を目指すこと」



これが私の“新しい背骨”かもしれない。

これからの私の生き方を貫くしなやかな芯、しなやかな軸。

天と地をつなぐ、透明なパイプ。



コーチでいることと、講師を招いてイベントの企画主催していること。

そこに少なくとも、矛盾はないことを確認

でも、バランスが悪かったし、「なんのために」が無自覚だったなあ

これからはこの二つを、共通の目的(より良い社会の実現)のために効率よく両立させていきたい。




Mさん、前回の日記にコメント下さった皆さん、いつも見守ってくださる皆さん、愛のあるお叱り、ご意見、アドバイス、応援、ありがとうございました!!!


私が、新しい背骨を軸に、すっくと姿勢良く立っていけるよう、温かくお見守り下さい。

そして何かありましたら厳しく叱ってくださいね。

どうぞよろしくお願いします。


posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 私のコーチングに対する想い・私のコーチングスタイルの特長など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大いなる存在から問い直される。「私は何者か?」

2008年5月10日(土)


■タイトル

私は何者か?


■本文

私は何者か?

大いなる存在から問い直されてる感じがする。

私は何者なのか。
何を目指しているのか。
どこへ行き着こうとしているのか。




        □ ☆ □



「クライアントがコーチを育てる」という。

良いクライアントに鍛えられて、コーチは良いコーチへと育っていく。

私にとってのそんなクライアントさん、

私の「育て手」の一人、私の「師匠」の一人から、以下のような趣旨のお叱りをいただいた。



『コーチングのクライアントをもっと熱心に募集してください。

たまちゃんの本領はやっぱり「コーチング」なんです。

あなたがコーチングをすることはクライアントの利益になるんです。

積極的に告知して、クライアントを募集してください。


「本当の自分」がわからない虚無感を抱えている人など、

救いの手を待っている人は、沢山います。


そういう人たちに救いの手を、差し伸べてあげてください。』



        □ ☆ □



彼女には、以前にも「イベントに比重を置きすぎなのではないか」と叱られたことがある。

「イベントの主催とコーチングと、どちらが大事なのですか?

たまちゃんにとって、どちらが使命なのですか?

たまちゃんはあくまでも“コーチ”ではないのですか?」

って。


いつもいつも愛のあるお叱りをありがとう、Mさん。



        □ ☆ □



私は何者か?

大いなる存在から問い直されてる感じがする。

私は何者なのか。
何を目指しているのか。
どこへ行き着こうとしているのか。



あるコーチ登録サイトにお誘いいただいた。

そこに、とても詳しいプロフィールや経歴、今までの実績を書いて提出することになっている。



私は何者か?

大いなる存在から問い直されてる感じがする。

私は何者なのか。
何を目指しているのか。
どこへ行き着こうとしているのか。

posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 私のコーチングに対する想い・私のコーチングスタイルの特長など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

弱くて無力な自分を受け入れます

■日付

2008年4月5日(土)


■タイトル

新月に贈る【宣言文】。「弱くて無力な自分を受け入れます」


■本文

さきほど、

【宣言文:私は弱くて無力な自分も受け入れます】

を読み上げている音声ファイルを音声ブログにアップして参りました〜。
http://tamahovoice.seesaa.net/article/92335697.html

宣言文です。

アファーメーションです。

明日が牡羊座の新月という今日、アップするのにちょうどいいタイミングだったかも。



       □ ☆ □



  【宣言文:私は弱くて無力な自分も受け入れます】



  私は生まれてきても良かった。

  私は生きていても良い。

  私は役に立たない自分を愛する。

  私は弱くて無力な自分も受け入れ、愛する。

  人に迷惑を掛け、負担になる自分も受け入れ、愛し、慈しむ。

  誰かからNOと言われることも受け入れ、受け止める。

  そんなこともあるさ。それがなんだと言うんだ?

  私は生まれてきても良かったんだよ。

  人に迷惑を掛けて負担になっても良かった。

  それもまたこの世へのギフトなんだよ。

  NOと言われても大丈夫。

  Noの奥にある大きなYesに目を向けよう。

  大きなYesに裏打ちされたNoだけを受け止め、そしてそんなNOだけを発信しよう。



       □ ☆ □



自分にも必要なメッセージだと言う方は、ダウンロードされて毎日聞いてみてください。

潜在意識にインプットされちゃいますよ!

宣言文も、よかったらプリントアウトして貼っておいてくださいね。

あ、一応著作権は珠帆美汐に属しますので、それだけは。

(転載、引用などご希望の方は、作者名とリンク先を明記しててくださればそれでOKです)



       □ ☆ □


私には、

「私は生まれてきただけで周囲に迷惑を掛ける存在だ」

「弱くて無力で役に立たない自分は生きている価値がない」

「生まれてきてごめんなさい、迷惑を掛けてごめんなさい」

という強い思いこみがあり、それでずいぶん苦しんできました。


何度もセラピーやコーチングセッションで扱いつづけ、かなり楽になったし解放されてきていたのですが、

今回の「つらかった月間」中は「これでもか」「これでもか」とそこを刺激され続けました。

今考えれば、卒業のためのお試しだったんでしょうね。

この課題をクリアできたかどうかの卒業試験。



 『誰かが「そのままでいいよ」「迷惑なんかじゃないよ」って言ってくれさえすれば生きていけるのに。
 
  誰か一人でもいいから。』


ずっとそう思ってきました。
そんなことを言ってくれる相手を渇望してきた。


でもね、外に求めている限り、常に不安定。
常に渇望しつづけないといけない。
常に確認し続けないと、不安でいてもたってもいられない。


  そんなのは、イヤ。
  
  そんな人生は、イヤ。


  もう外に承認は求めない。
  もう外に証明は求めない。
 

これからは自給自足!! 自立よ!!



というわけで作った宣言文でした。

牡羊座の新月には、自立に関する宣言文が効果的だそうです。

本当にタイムリーなのかも。




posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | インナーチャイルドの癒やし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

三次元の世界で肉体をまとって生きるということ


2008年4月3日(木)


■タイトル

肉体は、Joyful


■本文

2月3月は、人間関係の軋轢など、私にとってつらいことが続いたのですが。

その渦中にいるときに守護天使につらさを訴えていると、

「三次元の世界で肉体をまとって生きるということには、

どうしても

苦痛と孤独の牢獄の中で生きるという側面があります。」

というメッセージをもらいました。

すごいネガティブな表現になっちゃってますけど

地球で肉体を持って生きると、決して孤独からも苦痛からも逃れられないんでしょうね。

必ずついてくるもの。

受け入れるしかないもの。

わかっていて生まれてきたはずのもの。

だから、ガタガタ言うな、と(苦笑)。



そのメッセージ以来、私の中では

「魂が肉体という牢獄に入れられていて、その隙間から手を伸ばして他者の魂と触れあおうともがいている」

というイメージ図ができあがってました。


「肉体が邪魔をする」みたいな。

「身体があるせいで分断されていて孤独なんだ」みたいな。




そんな中、先週末は3つの講座・WS・公演に立て続けに出席したのですが。

面白いことにすべて、「身体を感じる」が目的になっているようなものでした。

なにも考えず、たまたま縁があったものを選んで出席することにした、みたいな感じだったのですが。



 ◎三つを通して期せずして学ぶことになったのは。

  「肉体で分断されているのではない。

  肉体こそが、他者と温かく触れあうためのよすがなのだ」

  ということ。


  少なくとも、この地上では。




29日(土)に出席した「昏睡状態・意識障害と関わる 〜コーマワークの要」では、「言葉を超えたコミュニケーション」を体感させていただきました。

昏睡状態にあるクライアントと、いかにして関わり合い、コミュニケーションを取るのか?

呼吸を合わせることで。
手を触れることで。
肌のぬくもりを介して。

と、やはり身体がよすがになるのですね。


有効なコミュニケーション手段である「言葉」、そして「感情の共感」。
それをあえて封じてしまったら、何が残るのか。

「存在」が「存在」を感じ、いつくしみあう体験が残りました。



ワークの中で昏睡状態のクライアント役を演じることになりました。

自分のすぐそばで、呼吸を合わせながら見守っていてくれるワーカー役さんの存在を、ふわりと伝わってくる肌のぬくもりと息づかいの気配を、ただただ感じていました。

他者の肉体の気配を感じ取ることのできる自分の身体感覚だけが、自分と世界をつないでくれていました。

身体がなければ、五感がなければ、宇宙の中で果てしなく孤立してしまう。。。



  ※講師のふたこわたるさん↓
  http://windshamanwf.blog34.fc2.com/

  ※今週末は東京でも講座されるそうです。
  遷延性意識障害・昏睡状態と関わる 東京 2008.4.5〜6
  http://windshamanwf.blog34.fc2.com/blog-entry-13.html



翌30日(日)は、「アレクサンダー・テクニーク第3回札幌ワークショップ」に参加させていただきました。

アレクサンダー・テクニークってご存じですか?
ものすごく面白かったです!

私の受けた印象は、「エーテル体を三次元の身体にしっくりとはめなおすためのワーク」でした。

ありのままの、事実としての、骨格、関節、筋肉を正しく認識しなおす。

誤って持ってしまった身体への思いこみ・イメージをただすことができると、「生きる」というパフォーマンスを効率的に上げていくことができる。

そういうことだと思いました。

当日の参加者さんが、演奏家、アーティスト、アスリートという面々だったのもすごい新鮮。

そしてその皆さんが、手に手に"マイ「解剖学」の本"を持って参加されていたのも新鮮。



精神(魂)の世界への発露が「表現」。

そしてそこに「肉体」が介在する。

表現者であるためには、「肉体」にしっくりはまりこみ使いこなしている、っていうのがとっても大切なことなんですね。
しみじみ。



    ※講師のかわかみひろひこさん
    http://www.alexanderdiscovery.jp/

    プロ・アマチュアの弦楽奏者・ピアニスト・打楽器奏者・
    声楽家を中心に音楽家への指導経験が豊富なんだそうです。
    さすが。

    普段は横浜で活動されてるとか。
    札幌にも定期的にいらっしゃるみたいですよ!



そして、30日(日)の夜は、ゴスペルのコンサートに行ってまいりました!!

  ※Easter Gospel Live 2008 byニューホープ札幌ゴスペルチーム
   http://www.newhopesapporo.net/gospel/index.html

マイミク、サト@さんとご一緒でき、とっても楽しかったです!
今回が初対面だったんですが、そうとは思えないほど話が弾みました。
音楽好きということで、「のだめ」の話でも盛り上がりました〜

コンサート中も、ふたりでノリノリ。

音楽、歌、踊り、それらも「身体を介して世界と関わる」ってことですよね?

精神だけでは決してできない楽しみ方、喜びの分かち合い方、表現方法。



◎週末の三つのイベントを通して得た結論。


  肉体は、Joyful ですよね。



肉体を「孤独と苦痛の独房」と見ることも可能かもしれないけど(そういう側面はどうしようもなくあるのかもしれないんだけど)、

どうせならばもっとポジティブな側面に注目していきたい。


  魂が三次元の世界で活躍するためには必要不可欠なモビルスーツ。

  歓喜や感動や愛をそれを通して得ることができる、母なる大地に属する温かくしなやかな生命の乗り物。

 
  他者と歓びと温もりを分かち合い、世界にアートを表現していくもの。
 


      □ ☆ □



それが、不思議なご縁なのですが、「コーマワーク」のふたこさんと「アレクサンダー・テクニック」のひろひこさんはお知り合いなんですよ。

別々なところでご縁ができたんですが。
こんな偶然もあるんですね〜。

お二人は、ネイティブアメリカンのサバイバル技術体験講座でご一緒されたんだそうです

やっぱり「身体丸ごとで大自然の中!」路線なんですね〜

posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

魂がふるえるような奇跡のハーモニーをクリエイトしたい

2008年3月14日(金)


■タイトル

「のだめカンタービレ」で生き方を学ぶ


■本文


最近、毎日二話ずつくらいなペースで、TVドラマ「のだめカンタービレ」のDVDを見ています。


「のだめ」は私にとって、教科書ですね・・・

リーダーシップについての、いや、生き方についての教科書です。



私は指揮者になりたい。

魂がふるえるような奇跡のハーモニーをクリエイトしたい。

私はそういうタイプのアーティストなんだ。





激しすぎ、不安定すぎ、繊細すぎる、明らかに芸術家タイプの私。

でも三次元に興味も関心も薄い。

私は自分の情熱や美意識を、モノを通しては表現しない。

私の表現手段は、「魂が震える体験のクリエイト」。



コーチングセッション、タロット占い鑑定、イベント開催、セミナー開催。

一回一回がライブ。

その瞬間瞬間、人と人が真実に関わり合って、神聖な火花を散らす。

日常に対して垂直に立ち、一瞬が永遠を孕む、そんな瞬間のクリエイト。




今思えば2007年は、グループでそんな瞬間を創り上げることに挑戦しようと模索し始めた元年でした。

オーケストラを組織し、指揮をしようとし始めた元年。

愛と桃舎北海道上陸プロジェクトであり、セラサポがその「オケ」でした。



メンバー全員に、もっともっと上を目指そう、と言い続けたい。

あなたならもっと輝ける、って言い続けたい。

私たちは素晴らしいハーモニーを奏でられるはず、最高のパフォーマンスに挑戦しようよ、と言い続けたい。

神の領域に触れちゃうような演奏を実現しちゃおうよ、このメンバーならそれができるよ、と言い続けたい。



一人一人が存分に輝いて、そしてお互いの音に耳を澄ませ、お互いを生かしあう。


ライブで、人と人が真実に関わり合って、神聖な火花を散らす。

日常に対して垂直に立ち、一瞬が永遠を孕む、そんな瞬間のクリエイト。



私はそんな瞬間をクリエイトするアーティストです。

そして、師匠は千秋真一とシュトレーゼマン(爆)

 ※両方、「のだめカンタービレ」に出てくる天才指揮者です。
  知ってる人にしかわからないネタですいません



というわけで、私の提供するサービスはそんな「魂が震える体験」を目指したものばかり。

人は感動することによってしか成長しない。

人の内面をびりびりとふるわせることで、内側から変容と成長をうながす体験を目指したい。

そんな体験に興味のある方は、私からのお知らせにアンテナを張っていてくださいね!
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分の本質を輝かせて生きる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

剣を“掲げる灯火”として

2008年2月13日(水)


■タイトル

早速の挫折、そして早々の立ち直り(爆)


■本文

「私は天才指揮者、千秋になりたい!」と激白して間もない私ですが。
(千秋センパイになりたい私の想い激白http://plaza.rakuten.co.jp/sprtcoach/diary/200801260000/ )

早速の手痛い挫折を経験(苦笑)


というのは、今、目前に迫った「第三回愛と桃舎北海道上陸プロジェクト」のために毎週スタッフミーティングをスカイプ会議で行っているのですが。

そこで、「よし、私は千秋を目指すんだからビシッと決めないと!」と気負って、思い切って強い口調で厳しいことを言ったわけですよ。

叱責めいたことを。



そしたら・・・


      ・・・・

      
         ・・・・



「傷ついた」「そういうのはイヤだ」の声、続出。


あわてて謝罪し、真意を説明し、ゆっくり話し合って、その場では「雨降って地固まる」の結果を得たのですが。



私としてはかなりへこんでしまいました


もともと、私はすごく自己肯定感の低い人で、ひどい対人恐怖症ゆえ声も出ない人だったわけです。

コーチングやセラピーと出会い、ずっと受け続けることでやっとのことでここまで回復してきました。



とてもリーダーシップなどを取れるような人じゃなかったのです。

叱責のようなことを言える人ではなかった。

自信が無さ過ぎて。不安が強すぎて。



それを、がんばってやろうとした。

やるべきだと想ったから。



でも、簡単に傷つき、崩れちゃいました。

こんなにも早く。




「私が自分自身であろうとすると、いつも周りを傷つけ、迷惑をかける。

私は存在自体がノイズだ。不協和音だ。

生まれてこなければ誰にも迷惑を掛けずにすんだのに。

生まれてきてごめんなさい、ここに居てごめんなさい



会議の直後はそんな想いが頭をぐるぐると駆けめぐって止められず、軽いパニックみたいな状態になってしまいました。



(厳しいことを言ったときに反発を示されたらここまで落ち込む指揮者。

 爆笑ですよね。。。ありえない

 ヘタレ指揮者。

 恥ずかしすぎです。)



その苦しさに、

「私はこれからどうしていけばいいのか、どうかメッセージをください」

と守護天使に祈りました。




そしたら!!

なんと、すぐにメッセージが届いたんですよ、大量に。

以下、そのときにあわててメモった内容の一部ご紹介。



【守護天使からのメッセージ】

・私があなたに剣(=強い感情エネルギー)を授けたのは、人を傷つけるためではなく、未来を切りひらくため。

周囲に(人に)剣を向けてはならない。

未来に向かう道をつくるためだけに剣をふるいなさい。


・あなたの役割は、人がそれぞれの願いを叶えるのを手伝うこと。

その人本来の輝きを発揮させ、曇らせないこと。

人々の望みを知り、それを叶えさせてあげようとしなさい。

自分の望みに固執して、「私はこうしたい」と言い張るのはエゴです。

社交を求めている人には社交を、受容されたがっている人には受容を、有用感を感じたがっている人には有用感を、自分の能力を試したがっている人にはそんな機会を、与えてあげなさい。



・あなたのリーダーシップは、夢を語り、理想を語り、自分の志を語ることだ。

叱責することではない。

剣を、“掲げる灯火”として用いなさい。

「愛桃プロジェクト」も「セラサポ」も一緒だ。

スタッフ、受講者、それぞれの望みを知り、かなえてあげること。

それがあなたにとっての「指揮」だ。


・ひとりひとりの光を強くし、「輝いているグループ」を作るのだ。


・その人のもっとも崇高な望みをかなえてあげなさい。

その人がそこにいる、ということは、何か崇高な望みがあってのことのはず。

そこを見いだし、かなえてあげなさい。

それがライトワーカーに点火する、ということ。




−−−−−ここまで−−−−−



蕩々と、流れ込むように言葉が自然に頭に浮かんできて。

あわてて書き留めました。



悲しみ、罪悪感、自責の念、そして自己憐憫、怒り・・・そんなものにどっぷりと浸かっていた私を深いところから揺さぶり、目を覚まさせるに十分なメッセージでした。



私の考える「リーダーシップ」の概念が、わたしの目指す方向と、ちょっとずれていたのですね。



私は、「あなたはあなたのままでいい」を伝える人でいたいのです。

「あなたが自分らしく輝くことは、周囲を明るく照らすこと。自分の輝きを決して曇らせないで」と伝える人でいたい。

そして、私が企画するイベントは、すべてそれを参加者さんに伝えるためのイベント。



それなのに、スタッフが自分らしく伸び伸びと輝けてなかったらおかしいですよね。

そんなイベントのスタッフならば、「私は私のままでいい」を体現していてほしい。

そうでないと、おかしい。

看板に偽りあり、になってしまう。



だったら、私は叱責なんてしててはいけないわけです。

私にとってのリーダーシップは、叱責にはない。

私にとってのリーダーシップは、参加者さんも、スタッフも、ひとりひとりを大事にすること。

もちろん、自分自身も。

最大限に尊重して、最大限に力づけて。

それが、私のリーダーシップ。

統制しようとするのではなく、解放しようとすること。



叱責するとしたら、その言葉は一種類のはず。

「あなたはもっともっと光の強い人。もっと自由に、もっと力強く輝いて見せて!」



     □ ☆ □



なんだかチャネリングができるようになり始めてる?と驚く今日この頃。



     □ ☆ □



というわけで、早速がっつり落ち込んで、早々に立ち直りました

何が間違っていて、どうするべきなのかが見えました


私は、私の情熱を、もう人を責めるのには使いません。

私は私の情熱を、“掲げる灯火”として使います。

私は「人を輝かせる人」です。

「人を、その人が望むところまで導く人」です。

そんな私のリーダーシップは、統制ではなく、解放と信頼にあります。




posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分の本質を輝かせて生きる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

内側から突き上げるような魂の震えを持って

■日付

2008年1月26日(土)


■タイトル

千秋センパイになりたい私の想い激白!


■本文

このお正月に、一挙放送された「のだめカンタービレ」を見て、
すごい引き込まれました!


芸術の神に魅入られちゃってる人たちの物語ですね。。。

内側から突き上げるような魂の震えを持って生まれた人たちの物語。



私は、そういう人たちに、"その「魂の震え」に従っていいんだよ"と
伝え続ける人でいたい。


  呼ばれてるんだよ、

  歩き出そうよ、

  他の人と同じ人生なんて歩まなくてもいいんだよ、

  胸を焦がす情熱を押さえつけなくていいんだよ、

  逆にもっともっと燃え上がらせちゃおうよ、

  それが待たれてるんだよ、


って。



だからコーチをやってるんだな、としみじみと思いました。




宣言。

2008年、私は「自分自身とつながり直す機会」を、できるだけ多くの人に提供していきます!!!


もっともっと、たくさんの人に、本来のその人自身に帰る機会を提供していきたい!



がんばります!!




     □  ☆  □



私は、「高みをひたすらに目指す人」でありたいのですよ。

「究極の高みを目指し、ひたむきな歩みを止めない人」でありたいのです。



鳥肌の立つような、人の心を打ち揺さぶる感動的な一瞬の共有を目指そうよと

周囲をエンパワメントするような存在でありたいのです。




オケのメンバーに発破を掛け、そしてそれが受け入れられ、みんながついてくる千秋。

楽団員の心を一つにまとめあげ、聴衆の心を打つ演奏という結果をちゃんと出す千秋。

そのカリスマ性が、そのリーダーシップが、うらやましくてならないのです



人の心を感動させうちふるえさせることで、その人に変容をもたらす。

そういう意味では、音楽などの芸術と、

コーチングや、ヒプノやアロマなどのセラピーと同じものだと思うのです。



少なくとも、私は、コーチングでも占いでも、

感動を通して変容に至るようなセッションがしたい。

講座でもイベントでもセミナーでもワークショップでも、私はそういうものを提供したい。

私は、人の心を深いところから打ち揺さぶらないものには興味がない。

そんなものは評価しない。



人の心をふるわせ、揺さぶり、枠や壁を壊し、解放し、変容をもたらす時間、場。

芸術神ミューズの降臨。

私はそういう場、そいういう時間、そういう機会を提供し続ける人でいたい。



そういう意味で、私は千秋のような存在でいたい。



私は千秋になりたい。

あなたはもっともっと良い音が響かせられる人だ、と伝え、磨き上げ、飛翔に導きたい。

私たちはもっともっと美しいハーモニーを奏でられるはずだ、と伝え、叱咤激励し、

鳥肌の立つ演奏へと導きたい。


勇気をもって「そこちがう!」って言える人へ。

勇気と確信をもって

もっと力強く」「もっと高らかに」と詰め寄れるひとへ。

「まだまだだ。もう一回!」と確信と愛と信頼と信念をもって言える人へ。

私は千秋になりたい。



     「さあ、楽しい音楽の時間だ!」





(たまちゃんだったらシュトレーゼマンかと思った、なんて言われたけど


posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分の本質を輝かせて生きる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

インナーチャイルドが順調に育ってます!

2007年12月6日(木)


■タイトル

インナーチャイルドが順調に育ってます!


■本文

前回の日記、「文字通り息を殺して生きてきました」に

たくさんの心のこもったレスをありがとうございました。


みなさんのレス、何度読み返しても、泣けます(;;)


私だけじゃないんですよね。

幼い頃、大好きなお母さんを喜ばせたくて、

それができないならせめて苦しめたくなくて、

自分を責めて、押し殺して(TT)


その悲しみ、その胸の痛みが

今もインナーチャイルドとして心の奥底でまだすすり泣いている・・・

それぞれの、胸に秘めた幼い日の哀しみに、深く共感します・・・


お一人お一人にレスを書けなくてごめんなさいね。



     □  ☆  □


確か、一年前にも

同じような課題と直面してなんとか乗り越えたんだよな、

と過去日記を読み返してみました。




【無力で役に立たない自分を受け入れる】2006年11月02日

 −−一部抜粋引用。主にあぜさんとのセッション記録です−−


無力で、なんにもできず、

全面的に世話を焼いてもらうしかない赤ん坊の自分。

弱々しくて、依存的で、どんなことも自分ではできず、

泣き声をあげて助けを呼ぶしかない自分。


情けなく、みっともなく、はた迷惑。

お前のせいで、

どれほどお母さんがしんどい思いをしているのか、わかっているのか?

自責の念。

罪悪感。


   (中略)


誰か一人でいいから、私を受け入れてくれたら。

一生に一度でいいから、「迷惑じゃない」って言ってもらえたら。

ぶにょぶにょで弱々しくて無力で依存的な、

そんなお前の面倒を見るのはむしろ喜びだ、と。



誰かひとりでいいからそう言ってくれたら。

嘘でもいいから。

そうしたら、生きていけるのに。



散々泣いてから、イメージの中で、左手にその弱い自分を乗せて見てみました。

「小さくて傷つきやすそうで柔らかそうで、くるんと丸まっていて・・・」

私が描写すると、あぜさんが、「まるで胎児のようですね」と言ってくれました。


  ああ、胎児なんだ・・・。

  赤ちゃんなんだ。

  急に愛しくなってきました


   (中略)


無力で、役に立たない存在である自分を、受け入れてないのは、私自身でした。

弱くて依存的な自分は、

みっともなくて醜くて気持ち悪いと決め付けて否定していたのは、私自身でした。


弱々しくて傷つきやすい存在って、かえっていとおしい。



私は、私の弱さを、受け入れます。

抱きしめます。

なんて可愛い。



あのね、無力でも良かったんだよ。

迷惑なんかじゃ、なかったんだよ。

いのちって、生まれてくるって、そういうことなんだよ。

人は、助け合って、支えあう。そういう存在なんだよ。

だから、いっぱい甘えていいんだよ。

大好きだよw。

生まれてきてくれて、ありがとう>自分



    -*----*----*----ここまで----*----*----*



  ※全文はこちら
  http://tamahomishio.blog69.fc2.com/blog-entry-93.html



     □  ☆  □



読み直してみて・・・

あの時の胎児、あの時の赤ちゃんが、生まれてきてくれたんだ、と。



私たち夫婦は、数年前に三人目が欲しくて努力していたのに、授からなかったのです。

もう歳だから無理なのかな、とあきらめてから突然授かったのが、

先日生まれて来てくれたベイビーちゃんなのですが。



この日記を書いたのが去年11/2。

妊娠に気がついたのが、そのわずか三ヶ月後の今年2月。

つまり、あぜさんとのセッションで、

弱々しい胎児である自分を受け入れて抱きしめられてから日を置かずに、

受胎していることになります。



数年間、まったく授からなかったのに。

そうそう、セッション中にイメージとして現れた「胎児」ちゃんは、

小さなお魚みたいな姿でしたよ、そういえば。



ごく妊娠初期の姿でした。

あれから、着実に育っていたんですね・・・

そして、こうして生まれ出てきてくれた。

ずっと、生まれたくて、私の周りを飛び回っていたのかもしれません。

それなのに、私が中々受け入れてあげなかったのかも。

ごめんね、赤ちゃん。



今、目の前にいる、弱々しくて無力で全面的に依存してくる存在。

私は、あなたの弱さを、受け入れます。

抱きしめます。

なんて可愛い。



あのね、無力でもいいんだよ。

迷惑なんかじゃ、ないんだよ。

いのちって、生まれてくるって、そういうことなんだよ。

人は、助け合って、支えあう。そういう存在なんだよ。

だから、いっぱい甘えていいんだよ。

大好きだよw。

生まれてきてくれて、ありがとう>ベビちゃん。私の内なる幼子。


posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 20:42| Comment(0) | TrackBack(0) | インナーチャイルドの癒やし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

文字通り「息を殺して」生きてきました

2007年12月2日(日)


■タイトル

文字通り「息を殺して」生きてきました


■本文

最近の私は、

胸の中に静かにすすり泣くインナーチャイルドちゃんを抱いているのです(;;)


可愛い子どもたちに囲まれて楽しい毎日を送りながらも、

「お世話してばかりじゃなく、私だって誰かに優しく甘えさせてもらいたい」と

悲しくなることが多くって・・・(TT)



私は「誕生を母親から歓迎してもらえなかった」という深いトラウマを持っています。


そのせいか、

「生まれてきてごめんなさい」

「ここに私が居るせいで、迷惑ばかりかけてごめんなさい」

という想いから自由になれずにいます。


今でさえ。


その悲しみと痛みが、赤ちゃんのお世話をしていると刺激されます(><)



私も、無条件で受け入れられていると実感したい。

例えなんの役に立たなくても、

いや役に立つどころか手間ばかり掛けていても、

それでも存在を喜ばれている。


そう心底感じられる体験が欲しい(泣)。

大人になると、そんな機会なんて得られないですよね・・・




そんな私に、

11月28日発行の

ボイスコーチ濱田真実さんのメルマガがすごくグッときたのでご紹介。


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★ 声と呼吸のレッスン【自尊心と呼吸量】


この頃、つくづく思います。
「自尊心の高さ」と「呼吸の豊かさ」は比例すると。


◆息、しちゃいけないんです私・・・

A子さんの場合。

A子さんは、学生時代に、自宅に引きこもっていました。
学校で、いじめにあったことが直接の原因のようです。

その頃から、自分はいなくていい人間なんだ、存在していると人が
不快になってしまうんだと、思い込むようになりました。

自室で数年過ごし、ようやく外出が出来るようになった頃、彼女は
自分の身体の癖に気付きました。

他人と一緒にいると、息を止めている・・・

「私がここにいることで、人に迷惑をかけていると思うと、
 申し訳ない気持ちになります。

 そんな自分の存在を消すためには、息を止めるしかなかっ
 たんです」


◆あなた達と一緒の空気を吸うなんて

B子さんの場合。

彼女は中間管理職。

有能で人当たりも良いので、上からも下からも、たくさんの仕事が
まわってきます。

全てを引き受けているうちに、自分の自由時間はどんどん削られ、
疲労は蓄積されて行きました。

B子さんは、周囲の人間がみんな敵のように思えてきました。

「上司も部下も会社も大嫌いでした。

 顔ではにこやかに応対しながら、心の中では悪態をついて
 いました。

 心の中を悟られないために、息を止めて自分を隠しました」


◆吐けない、吸えない

「息って、どうやって吐くんでしたっけ?」

レッスン中にそう聞かれることって、実はけっこう多いのです。

呼吸すら、当たり前にできなくなってきている私たち。
恐ろしいなと感じます。

レッスンで呼吸の仕方を思い出し、身体の中にどっと流れ込むよう
に空気が入ってきた瞬間に、驚いて涙ぐむ人もいます。

自分を尊重することをせず、否定し無理を重ね、怒りを溜め込み、
精神を抑圧して、固い殻の中に逃げ込む・・・

すると、身体はとても正直に反応し、自分の身体を固い殻のように
変え、息を止めて、生きることをやめようとするのです。

呼吸が止まると、生き物は死にます。
それなのに、自らが息を止めるなんて・・・

あなたを虐待し、ゆるやかな自殺に追い込んでいるのは、あなた自
身です。


◆豊かな呼吸を取り戻す

息は生きるためのエネルギーであり、他者とつながるためのリボン
でもあり、あなたを愛するためのパワーです。

あなたが自分を粗末に扱えば扱うほど、呼吸は浅く、貧しくなりま
す。

自尊心を取り戻し、あなた自身を大切にすれば、呼吸は自然に豊か
になっていきます。

また呼吸が豊かになれば、自尊心を取り戻すことが出来るのです。

どんな大変な修行をしても、たくさんの本を読んでも、多くの知識
を得ても、自尊心が低い人はダメです。

言い換えれば、あなた自身を大切にすることさえ出来れば、必ず本
当の幸せを生きて行くことが出来るのだと、私は確信しています。


◆自分を大切にするって・・・

「それは、頭ではわかっています。でも、どうすればいいの?」

と問いかけてきた人がいました。

静かな気持ちで、ゆったりとした深い呼吸を意識的に続けます。
ただそれだけ。

過去のことを悔やんだり、未来を思いわずらったり、人の視線を気
にしたりせずに、ゆっくり丁寧に呼吸をしていく。

目の前のごはんを美味しく味わう。
批判や判断や分析をせずに、静かに自分や人と向かい合う。

頭の中のおしゃべりをやめて、ただ静かに・・・


「私、息しても良いんですよね。そうですよね。
 生きているんですものね。

 なぁんだ。もったいないことした」

A子さんは、笑顔でそう言いました。

「息するって、気持ちが良いですね〜。今まで、こんなにも
 息を止めていたのかと気付いて、びっくりしました。

 息をしても良いし、言いたいことも、もっと言っていいん
 ですよね。

 なぁんだ・・・良かったのか・・・」

B子さんも、しみじみ言いました。


そう、「なぁんだ!」というくらいにシンプルで良いのです。



   あなたの毎日が、歓びと美しい響きに
          満たされたものでありますように。





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以上。


私が場面緘黙症だったのも当然ですよね。


「生まれてきてごめんなさい」

「ここに居てごめんなさい」

って思っていましたもの。



「息をしてごめんなさい」ってマジで思っていたのを良く覚えてます。

「私なんかが酸素を消費してごめんなさい」って。



自分らしさをできるだけ表現しないように自分を殺し、、、

そう、文字通り「息を殺して」生きてきました(^^;



今ではかなり自己肯定感がアップして、

おかげでこんなに元気でこんなにイキイキ溌剌と自分らしく生きているのですが・・・



まだ残ってましたね(^^;

赤ちゃんを授かることは、

残っていたトラウマ大掃除の機会を授かることでもあったのだな、と。



私と良く似た顔の女の赤ちゃん。


「生まれてきてくれてありがとう」

「ただそこに居てくれてありがとう」

「存在自体が喜びだよ」

「愛させてくれてありがとう」


とたっぷり伝えて可愛がって育てたい。

そのことが、そのまま自分自身の育て直しにつながる気がします。


自分のインナーチャイルドちゃんが目の前にいるとイメージして、

自分が自分をたっぷり受け入れて甘えさせてあげたい。

ゆったり丁寧に深い呼吸をすることを自分に許して。

「今、ここにあること」を感謝して味わいながら。



長男と次男のときは夢中だったから、そこまで意識せずに育ててきたなあ。

彼らにもたっぷり愛を注ぎたいですね(^^;

今からでも!

posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | インナーチャイルドの癒やし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

怒り続けていてもいい

2008年10月29日(水)


■タイトル

怒り続けていてもいい


■本文

◎最近の気づき。



私は怒り続けていい。

許さなきゃ、いつまでも怒ってちゃいけない、なんとも思わなくならなきゃ、って自分を責めてなくてよかった。

私は怒り続けていてよかった!!



もちろん、それは特定の個々の出来事や個々人に対して怒るんじゃない。

怒りの次元をワンランクアップするんだ。

背景に対して怒れ。




私は幸せな家庭で愛に包まれて育つことができなかった。

そのことに対して怒りつづけていい。

でもそれは不仲だった両親を責めるんじゃない。

両親に向かって怒るんじゃない。


背景に対して怒るんだ。


なぜ、両親はコミュニケーション下手だったのか?

なぜ両親は自分の作った家庭を温かく愛に満ちたものに保つことができなかったのか?



彼らもまた、ひどく傷ついていたからだ。

幼い頃に、日本が戦争していたからだ。

父親を戦争に取られ、ろくに食べるものもなく・・・。

彼ら自身が、愛と安心感に満ちた温かい家庭を奪われていたからだ。



なぜ、私の両親は幸せな子ども時代を奪われなければならなかったのか?


私はそこに対して怒りつづけていい。



私はすべての

「愛と安心感に満ちた温かい家庭を奪われた子ども達」

「幸せな子ども時代を奪われた子ども達」

のために、怒り続けよう。





異質な存在として、排斥され続け、排除されつづけ、否定されつづけた。

私にはそういう怒りがある。

前世なのか、魔女狩りの記憶がある。

今生では、イジメの記憶。


なぜ、異質だからといって排斥されねばならなかったのか?

なぜ、違いが尊重されない社会なのか?

私はそこに対して怒りつづけていていい。

許さなくてもいい。



私は、怒りの次元を、ひとつ引き上げる。

次元の高い怒りを燃やし続ける。

そうすれば、「怒り続ける自分」を肯定し、受け入れることができる。



自己否定から自己受容へ。

感情を否定するのではなく、その奥の感情に目を向け、次元アップを試みればよかったのだ。


posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 01:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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