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2014年04月08日

人体を内側から食い破ってエイリアンが姿を現すように^^

私はここのところ、ものすごい勢いで、「カラダを使ったワーク」の方へと引っ張られています。

ものすごい力でそちらに呼ばれている感じ。


言葉を超え、理屈や理解を超えて、身体の奥底に眠るなにかにアクセスする。

身体の奥底からこみ上げる「熱」や「エネルギー」に届いて、増幅させる。

停滞を終わらせ、循環を起こし、活性化する。

そんなワーク全般に、興味津々なのです。


こちらに引っ張られ始めたきっかけは、忘れもしない、2013年3月のある日。

「嫉妬と妬みに泣き狂いました」というブログに書いた事件。
http://ameblo.jp/tamahomisio/entry-11514143347.html

この事件に、自分の今後の人生の方向性を突きつけられました。


その運命の日、

人体を内側から食い破ってエイリアンかドラゴンが姿を現すように(爆)

ずっと無かったことにしてきた願いが魂の内側からグワッと吹き出したのです。


その願いとは。

  「私の奏でる響きが周囲と調和することがある、という体験がしたい。

  ずっとずっと切望しつつ、あきらめてきていたそれ。

  自分の醸し出す波動と、複数人の波動との調和、響き合うハーモニーを体験したい。

  それを体験するまで、死ねない。」

というもの。


最初「歌でハモりたいのかな、自分は」って思っていたんですが、

必ずしも歌でなくていいらしいんです。

のちのちはっきりしてきたんですけど。

自分の内側でうずいてる何か。うごめいてる何者か、を表現したいんです。


自分自身の身体の奥底の「熱」や「エネルギー」が

他者のそれと共鳴し共振し調和してるのを感じたい。


私が身体の奥底の「熱」や「エネルギー」を全力で響かせたときに、

それがなんらかの「調和」や「美」を作り上げることがある、と体験したい。


内側から私のカラダを食い破って現れた未知の生物が、

忌まわしいものを見る目で見られるのではなく、

良いもの美しいもの好ましいものを見る目で歓迎されてるのを感じたい。



ってことなんですが。

これ、たいていの人が望んでいることだと思うんです。

自分らしさを最大限生ききる。

それも、周囲から認められ、受け入れられながら。

他者と共鳴共振しながら。

うざがられたり迷惑がられたりせずに。


そして、お互いのエネルギーを響かせ合って、なにかを協働する。

これは人生最大のロマンですよね。

だから、「過去の良い思い出」に「高校時代の文化祭前夜」や「体育祭」をあげる方が多い。

少年漫画も少女漫画も、グループで力を合わせてなにかを達成する話が多い。

みんなで協力して悪と戦ったり、ね(^^)

宝を探して助け合って冒険したり。



このように、今の私の情熱や関心は

”身体の奥底からドラゴンやエイリアンのようにほとばしる「熱」や「エネルギー」に直接作用するアプローチ”へと

向かっているのです。

それらを臆せずに表現するのを手伝うものへ。

お互いのそれらを必要以上に怖がらず警戒せずに受け取り合う練習をするものへ。

奥底に眠るドラゴンたちを目覚めさせ、生命力を取り戻させ、力強く空へ向かわせるものへ。

これからの時代、そこだと思うんですよ。


「頭」「左脳」「理屈」「理解」「言葉」「論理」などは二次的なもの。

ワイルドにうごめくエネルギーを、周囲に受け入れられやすいものに飼い慣らしていった成れの果て。

表面的なもの。

そんな枝葉末節をいじってるだけだと変化が遅すぎる。


そこよりもっと命の源泉に近いところに影響を与えよう。

萎縮して眠り込んでいたワイルドな生命エネルギーを生き返らせよう。

「頭」「左脳」「理屈」「理解」「言葉」「論理」をいじる対症療法から、

身体の奥底に眠る「熱」や「エネルギー」、つまり生命エネルギーそのものを活性化させ、滞りを減らし、

免疫力や自己治癒力を増すことから健康に近づく根本治療へ。



posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:45| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

それなりに波乱万丈な私の人生から汲み取った、女性と豊かさとお金の関係について

私の人生、それなりに波瀾万丈。

もっともっと波瀾万丈な人はいると思うけど。

まあそれなりに波瀾万丈。


割と両極端を体験してきました。

父は高額納税者リストに名を連ねるほどの収入があり、幼い私たち兄弟を連れてしょっちゅうコース料理を食べに高級ホテルのレストランに行ったりしてました。

マナーは小さい時から身につけた方がいい、とか言って。

でもそんな父は母と不仲で、母に生活費を十分渡していなかったりしたので、
普段の生活は苦しいものでした。

普段は親戚からのお古のみっともない服を着て

母が古着をほどいて作った見るからにへんてこりんな下着などを身につけてました。

あれは恥ずかしかった(><)

恥ずかしくて身体測定の時に服が脱げなかった(><)

当時ですら、古着をほどいて作った下着なんて誰も着てなかった(><)


長じてからも。

親がかりの呑気な学生生活、バイトしては海外に一ヶ月単位でふらふらと遊びに行く生活と、

卒業してからの極貧生活と両方を体験しています。


私の学生時代はバブル最盛期で、バイトのお給料も良く、

私は年に二回ずつくらい、一ヶ月くらいの海外旅行に行っていました(^^)

バックパックでゲストハウスを泊まり歩く貧乏旅行ではありましたが。



卒業してすぐ、というか、卒業式を待たずして現在の夫と入籍しているのですが、

夫が北海道で広い土地を買ってそこに自力で家を建てるのが夢だった人なので、

その夢を支えるために、スーパーでレジを打ったり居酒屋のホールで働いたり、

パート労働にいそしみながら、缶ジュース一本買うのもためらう生活をしていました。


外食なんて夢のまた夢で、どこかに出かける時はいちいちおにぎりを作って持っていってました。

缶ジュース買うお金もなかったくらいで、外食する余裕は本当になかったのです。

海外旅行にひょいひょい行っていた学生生活から、極貧生活へ。

あのギャップはかなりつらかったです(><)


夫婦生活も、

夫とうまくいかず、喧嘩が絶えなかった冷え切っていた時期と、

最近の、献身的な夫に影になり日向になって支えてもらう愛といたわりに満ちた夫婦関係と、

両方を体験してます。

夫を取り替えたりしていないんですけど。同一人物なんですけどね(笑)

関係性ってここまで変わるのか、って本当に驚きです。


離婚届を取りに行くくらいの本気の話し合いも、三回くらい経験しました。

(夫婦関係に激震が走った話、連載途中で何ヶ月も放置しててごめんなさいねあせあせ(飛び散る汗)


子どもにも三人恵まれましたが、7歳ずつ空いていることもあり、

孤立した密室の子育ても、たくさんの人に支えてもらうまったくストレスのない子育ても

両方体験できました。


専業主婦も、パート主婦も、一家の大黒柱(夫が専業主夫)も、体験しました。

肉体労働主婦もやりましたよ。

自宅建設中は、長男を産んでまもないカラダで自宅建築を手伝って肉体労働やりながら家事育児もしてました。

赤ちゃんだった長男の世話は、お姑さんが住み込みで手伝ってくれましたが。

炎天下に木材を運びコンクリートブロックを運び生コンを打ち、汗と泥にまみれる日々が三年間続いて、本当につらかった。


とまあ、割合と極端な経験をしてきたわけです



そして、今はかなり呑気で豊かな生活を送ってます。

経済的な豊かさはぼちぼちですが、精神的、環境的にはかなり豊かな生活を。

子どもの頃からの夢は一通り叶いました。
子どもの頃から「北海道で広い土地に自力で自宅を建てられるような、大草原の小さな家のお父さんみたいな人と結婚する」というビジョンが明確だったんですが。

今、まさに広い土地で動物たちを飼い野菜を育て果樹を植える、幼い頃の夢がそのまま叶った生活を満喫中です。

自分の能力や興味の方向性を生かして仕事をし、自分の才覚で生活費を稼ぎ家族を養い、夫には専業主夫になってもらう、というこれまた幼少時からの夢も。

仕事として、日本全国飛び回り、海外にも行っちゃう、という夢も。

そんな風に自由気ままに生きているのに、

お姑さんからは良い嫁だと可愛がられ、

夫からは「愛してるよ」と日常的に言ってもらえるという・・・。

本当に幸せです。

昔はムリしてがんばって我慢して自己犠牲して、それでもうまくいかなくて怒られたり舌打ちされたり怒鳴られたりしていたのにね。


私は、そんな自分の人生から、

そしてタロット占い師兼コーチとしてたくさんの方の悩みを聴き相談に乗ってきた10年間の経験から、

豊かになるための法則とか願望実現の法則について色々考察を重ねました。

夫婦仲を良いものへ変えていく法則とか。

男女和合の法則とか。

人生の幸福度を高めるには何が必要か、とか。


それぞれ、私なりに「これがコツだな」とつかんだものがあります。

これからはそれらをどんどん色んなカタチで皆さんにお伝えしていきたいな。



posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:28| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あのときのナミダと叫びの謎が解けました(^^)

今2013年三月、カラオケルームで「魂のうずき」にふい打ちに遭う、という事件が起こりました。

※その事件については以下参照     
嫉妬と妬みに泣き狂いました
  【続】嫉妬と妬みに泣き狂いました
  【続々】嫉妬と妬みに泣き狂いました
  【完】嫉妬と妬みで泣き狂いました

その時、自分に何が起こったのか、良くわかりませんでした。

「カラオケがもっとうまくなりたい」みたいな、そんな表面的なことではないことだけはわかっていたけれども。

「私はどうやらハーモニーが奏でたいのだ」ということはなんとか類推できたのだけれども。

しかし、私にとってハーモニーってなんなんだろう?


その疑問について、大切な友人にコーチングしてもらっていたとき、
何気なくメールボックスをのぞいたら「Co-Active Days 2013〜響きから創る物語〜」というイベントのお知らせが届いてました。

私が卒業したコーチ養成機関CTIが、卒業生のみを対象に、東京でやるセミナー。

「響き?このタイミングで響きから創る物語に誘われるなんて。これもなにかのお導き、私このイベントに参加する!」

と、その場で申し込みました。


さて。

三月に申し込んだそのイベントが先週末、6/29,30の土日に行われ、無事終了。

私もはるばる東京まで行って、参加して参りました。


「あのとき、私になにが起こっていたのか」

「私にとって、ハーモニーとはなんなのか」

「私がなにをどうすれば、私のこの魂のうずきに応えたことになるのか」

これらの謎がこのイベントに参加すればわかるのだ、という設定にして臨んだわけですが。

(潜在意識は叡智と可能性にあふれているので、なんでも「そういう設定にしておく」と叶うのですよ、皆様。
本当ですよ!嘘だと思ったら試してみてくださいな。
ま、ちょっとしたコツはありますが。)


そしたら、ちゃんと得られましたよ、答えが。

キーワードは「願い」でした。


◎あのときなにが起こっていたのか

→あの頃、私は「ワガママ」に思える自分の願いを封じ込めようとしていたのですが、
そのことへの「魂からのNO」だったのだな、と理解できました。

例えワガママに思えても、誰かに迷惑を掛けたり誰かを傷つけたり苦しめたりするように見えても、私は自分の深い部分からわき上がってくる願いをあきらめることができない。

あのときのナミダと叫びは、「私は私の望みをあきらめられない!」というナミダであり叫びでした。
自分自身の本質的なところからこみ上げてくる願いをあきらめたり封じ込めたりすることは、自分自身の人生をあきらめること。
願いは未来。
願いをあきらめることは、自分の未来を捨てること。

そんなことを続けていたら、それは死にたくもなりますよね(^^;



◎私にとって、ハーモニーとはなんなのか

→複数の人々が葛藤や衝突や傷つけ合いを怖れずに、自分の全存在(感情、望み、願い込みで)を表現しあうこと。
感情、望み、願い、情熱を大音量で表現すること。

それらは決して不協和音じゃない。
一人一人が自分の魂に正直に、深いところまでアクセスした響きを発すれば、それは不協和音じゃなくなっていく。
美しいハーモニーへと変わっていく。

葛藤や衝突恐るるに足らず。
それらは美しいハーモニーを奏でるための調律段階に過ぎない。
「Uの谷をくぐる」時間。
それが調律の時間。
そこを通って、人々は美しいハーモニーを奏で出すんだ。


◎私がなにをどうすれば、私のこの魂のうずきに応えたことになるのか

→自分の感情、望み、願い、情熱を大音量で表現すれば。
そのことを通して、周囲の人の中の感情、望み、願い、情熱を呼び覚ますことができれば。
周囲の人たちも、それぞれの感情、望み、願い、情熱を大音量で表現してくれれば。

そのことが例え衝突や葛藤を産んでも、その葛藤にひるまずに向き合い続ければ。

そして共に「Uの谷」をくぐって、調和に到達できれば。

そんなことに果敢にチャレンジし続けられれば、私はこの魂のうずきに沿って生きたことになる。



そんな答えをつかんだ東京の旅でした。


そして、「場を選ぶ」ということに関しても色々考えさせられ、収穫が得られました。


白いヒラヒラのワンピース姿のお嬢様スタイルの人と、黒い革ジャンと鎖じゃらじゃらファッションに髪の毛立てた人と、

「その人が居てなじむ場」「その人が映える場」っていうのはそれぞれ違う。


元気いっぱいのやんちゃな五歳男児と、哲学書を小脇に抱えた物静かな35歳眼鏡男子と、

「その人が居てなじむ場」「その人が自分らしく無理なく居られる場」っていうのはそれぞれ違う。


それぞれ、人は固有の響きを有している。

その人の固有の響きを遠慮なく表現しやすい場というのがある。

その響きが調和する場というのがある。


それなのに。

私は対人恐怖症持ちで今も人見知りがきつく、とにかく居心地悪さを感じやすい人なのですが。

「この場に調和できないなんて」「この場を居心地悪く思うなんて」ってすぐに自分を責めてた。

「また対人恐怖症の名残が出てしまった。早く治して、どこででも自然な笑顔と立ち居振る舞いで居心地良く過ごせる人にならないと。」って自分を追い立ててた。


でも、どこででも調和する、なんて幻想だよね。

そんな非現実的な目標を追い求めなくて良かった。

私には居心地悪い場があっていい。

私に居心地悪い場が多くてもいい。

私は、自分が「自然と映える場」「自然となじむ場」を選んで良い。

馴染まないことでいちいち自分を責めたりしなくていい。


なんでそう生まれちゃったかはわからないけど、

なんか独特の音階で調律されちゃってるんだよ、私は。

私固有の響きで、自然にハーモニー奏でられる場っていうのが少ない。


でもそれを責めても仕方ない。

自分の響きの周波数っていうのは、治したり矯正したりするものではない。

もちろん、「全員が自然にハーモニー奏でられない場が悪い」ということでもない。

そういう場を求めるのも非現実的。


人は皆、自分が居心地良い場を探って旅をすればいいんだ。


これからはあんまり自分の対人恐怖症の名残のことを意識するのもやめよう。

「私は基本びくびくおどおどした人ですが、これは個性であってなにかの「症状」ではありません」ってことにしよう(^^)

もう開き直ろう。

私のオドオドびくびくぶりは、初対面の方を驚かさせてしまうかもしれないけど。

初対面の方をあまり驚かせたり気を遣わせたりしないように、あちこちのプロフィール欄を書き直そうかな。

「基本キョドってますが、あまり心配しないでください。そういう個性の人なんです。」って。




お金が欲しい、車が欲しい、地位や権力がほしい、みたいなのは表面的なものだと思うのです。

その奥には普遍的な願いがある。

「幸せになりたい」「身近な人の笑顔が見たい」「愛されていると感じたい」「必要とされてると感じたい」みたいな。

本質的で普遍的なところまで昇華された真実の願いには、情熱や情緒が伴う。

古来から、それらの願い(=祈り)は声や調べに乗せて表現されてきた。

それが歌。

それがチャント。

それがマントラ。


古来から、祭祀には歌や朗唱がつきものでした。

祈りは謳い上げるものであること、謳い上げられた祈りは叶いやすいことを人は本能的に知っていたのです。


あなたの深いところの願い(=祈り)を謳い上げてみませんか。

それは望む未来を呼び寄せることでしょう。

潜在意識にしみこんで、叶いやすくなることでしょう。


自分自身の本質的なところからこみ上げてくる願いをあきらめたり封じ込めたりすることは、自分自身の人生をあきらめること。

願いは未来。

願いをあきらめることは、自分の未来を捨てること。
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:24| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

生まれてきてしまった罪悪感を帳消しにしたかった(><)

私は「世界を幸せにしたい」と願い過ぎていて、

思うように幸せになっていかない世界、

「おかげでこんなに幸せになりました、ありがとう!」とはなかなか言ってくれない世界に

怒りを持つようになってしまっていた、という仕組みに気がついた(><)


私が世界を幸せにしなくてもいい。

世界の幸せに責任持ちすぎなくていい。

私の方が世界から幸せにしてもらってもいい。

私vs世界の図式で物事を見なくてもいい。

むしろ私は世界の一部ではないのか?

または私=世界、なのではないのか?


母が不幸そうだった。

母の笑顔が見たかった。

私が母を笑顔にしてあげたかった。

でも「あんたたちさえ生まれてこなければ」と言われ続けた。

その挫折感をこの年になるまでなんとか挽回しようと引きずってきたんだなー。

世界を幸せにして、「あなたのおかげ!」って言われたら、

生まれてきてしまった罪悪感を帳消しにできると思ってた。


大好きな母から「あんたたちさえ生まれてこなければ」と言われ続けた痛みと悲しみと罪悪感、

ずっと扱ってきて、マシになってる、軽くなってる、手放せてきてる、って思ってたのに。

まだここだよ。

孫悟空がお釈迦様の手のひらから抜け出せなかったみたいに、

私も一生ここに居続けるんじゃないだろうかと恐くなる。


私は私自身の幸せ以外の誰の幸せにも責任などなく。

私は世界の一部だから、もしくは私こそが世界だから、

私が幸せでさえあれば世界は幸せに向かうはずで。

私は私をひたすら幸せにすればいいだけ。のはず。
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:21| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

妬みもそねみも使いよう。

つまり、ねたみも使いようだと思うんですよ。
そねみもねたみも使いよう。

感情に良いも悪いもない。
何か強い感情を感じたとして、そのエネルギーをどこに向けるのか、だと思うのです。

その時目の前にいた人にぶつけるのか、無かったことにして押さえつけるのか、それとも未来を切り開くエネルギーとして活用するのか。

何が生まれたがっているのか。

どんな変化がもたらされようとしているのか。

来たるべきより良い未来を、こちらから迎えに行きたい。

  嫉妬と妬みに泣き狂いました




  【続】嫉妬と妬みに泣き狂いました




  【続々】嫉妬と妬みに泣き狂いました




  【完】嫉妬と妬みで泣き狂いました
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:14| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

死が二人を分かつまで

午前中のクライアントさんが「自分に愛してるって言いいたい」と。
感銘を受けました。
自分を愛そう、自分を可愛がろう、自分を甘やかそう、ってさんざん発信してきたけど、私は自分自身に「愛してる」って言ってきただろうか?
いや、言ったことない(反語表現^^)。

改めて、自分自身に「愛してる」ってたっぷり伝えてみました。

愛してる愛してる愛してる。
今までずっと一緒に居てくれてありがとう。
一瞬たりとも離れていかないでくれたね。
どんなときも一緒だった。

愛してるよ。
その激情も、そのアンバランスさも、その弱さも。
それこそが個性、それこそが魅力、それこそがオリジナリティ。
世界でただ一人のあなた。
そこが愛おしい。

その感性、その知性、その価値感、その魂。
どこにもあなたみたいな人はいない。
世界で唯一無二の存在。

そしてその肉体。
ぬくもり、柔らかさ。造形の欠点もひっくるめて美しいよ。
そんなあなたとこうして人生を共にできて、とても嬉しい。
愛してるよ。
これからも。
一生。
病めるときも貧しきときも。
死が二人を分かつまで。

この命が終わるその瞬間まで、共に地上を楽しもうね。
心から愛してる。
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:12| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「私が世界を守らないと、すべて崩壊してしまう」という信念

ここのところ、身近な人間関係に今後ヒビが入りそうに見える、

人間関係の摩擦がいくつか身の回りで続きました。

それが私は本当につらくて。。。

とにかくザワザワして、やたらめったら腹が立ってみたり、胸が痛かったり、苦しかったり、

お節介焼きたくなったり、やきもきしてみたり、異様にそのことに過剰反応している自分がいました。


どうも、過去の人間不信トラウマ、見捨てられ不安トラウマが直撃されちゃったみたいです。

いったい自分の中で何が起こっているのか内観してみると、ものすごい恐怖と不安が私の中で荒れ狂ってました。。。

もっと深く、もっと深く感じていくと、

「私が世界を守らないと、すべて崩壊してしまう」と幼いインナーチャイルドちゃんが

ものすごい恐怖の中で踏ん張ってました(><)

あどけない顔をゆがめて、ファイティングポーズを取ってました。

幼い責任感と幼い万能感で。


(子どもの頃って、不思議な責任感と万能感がありますよね。呪術的なまでの。

お母さんが不幸なのは自分が悪い子だから、お父さんがお母さんをいじめるのは自分のせい、みたいな。

なんでも自分の振るまいに直結させる思考パターン。

そこまでのチカラをあんたは持ってないっちゅーねん、と言いたくなるような^^)


自分が至らないから世界が崩壊し掛かっている、

自分がなんとしてでもそれを食い止めねばならない、

そうしないとまた自分はすべてを失うだろう、と、

ものすごい恐怖と不安の中で闇雲な戦闘モードに入っていました。


身近な人間関係にヒビが入るのを、

「世界が崩壊する」「すべてを失う」「またひとりぼっちでさまようことになる」

とまで怖がっている小さな私。

幼いチャイルドちゃん。


「恐かったね、不安だったね」っていっぱい抱っこしてあげました。

本当は今まで一度だって世界は崩壊したことなんてないんだよ、って教えてあげました。

あなたは今までなにも失ってなどいない。
本当には。

何一つ傷つけられてなどいない。
本当には。


あなたの小さな世界は何度も揺らいだかもしれない。

でもそれは崩壊とは違う。

ほら、見てごらん、世界は今日も太陽が輝いているよ。

あなたの周りを、長い間変わらずあなたを大切にしつづけている人たちが取り囲んでいるよ。

太陽が照らなかった日はなかったし、

あなたの周りを取り囲んでいる人たちがいなくなった日もなかった。

本当には、ね。


でも、世界が崩れ落ちてひとりぼっちで放り出された、と感じたことは何度もあったね。

恐かったね。

すごい不安で心細かったね。

自分のせいだ、って思ったね。

自分が至らなかったから大切な人たちがつらい思いをする、って自分を責めたね。

自分が力及ばなかったからみんな去っていってしまう、って思ったね。

次こそは自分が世界を守らなければ、って思い詰めたね。

そのためにはなんでもする、そのために強くなる、ってがんばってきたね。


全部、必要なかったんだよ。

全部、幻だもの。

悪い夢を見たね。

もう目が覚めたよ。

もう恐くない。


あなたは脅かされてなどいないし、世界はいつもあなたの周りを安全に包んできた。

強くならなくていいしがんばらなくていい。

闘わなくていい。

戦闘モード、解いていいよ。


これから、信頼の練習をしよう。

信頼とゆだねの。

信頼してゆだねて安らごう。

甘やかに。




・・・そっかー、こんなことが起こってたのか(^^)

だから「自分がなんとかしなきゃ」ってあそこまで焦ったり怒ったりしてたのか(^^)


原因に見える人に文句を言いたくなっていたり。

傷つきそうな状況に見える人にお節介を焼きたくなっていたり。

自分の身を守るためにたくさんの要求をしたくなっていたり。


今までさんざんそういうことやってきた。

「自分の身を守るために戦う」単元の履修は修了したよ。

「優」もらった(^^)

もうそこの勉強は卒業。


これからは「信頼とゆだね」の単元が始まる。

実技で、どれくらい心の底から安らいで信頼してゆだねるか、問われる。

こっちでも「優」取って見せるぜ!!
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:10| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月07日

裏切ってもいいし傷つけてもいい。

あなたはあなたのままでいいよ。
不完全でいいよ。
いろんなことがうまくできなくていいよ。
効率的でなくていいよ。
能率が悪くていいよ。
役に立たなくていいよ。

気持ちが変わってもいいよ。
約束守れなくてもいいよ。
裏切ってもいいよ。
嘘ついてもいいよ。
傷つけてもいいよ。

私があなたを大切にし続けるから。
私があなたを愛するから。
だから安心してあなた自身でいてください^_^

…と、まずは自分自身に言ってあげたい。

それから、私の大切なすべての人たちに。
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 23:52| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

気がついてしまいました(><)懺悔します(><)

最近、私をモヤモヤさせたりグルグルさせたりする出来事が周囲で起こります。
昨夜、新月でもあることですし、そのへんスッキリさせよう!と、お風呂に天然塩とお酒をたっぷり入れ(浄化に効くそうですよ!)、入浴しました。

なんと、8時から10時までの2時間、家族の許可を得て、お風呂立てこもり(笑)

そしてわかったこと。
私は、何か事件が起こったとき、「私の中の何がそれを引き寄せたのか」と内省する。
その問い方がニュートラルじゃなかった!
クリアかつニュートラルな問いじゃなかった!

「私の中のどんな”間違い”がこの”悪い”出来事を引き起こしたのか」という問いになってしまっていた!

まず、周囲で起こった出来事に「良い」「悪い」の判断をしているのがおかしい。

私の期待通りでなければ「悪い出来事」と、
私にとって好ましいものでなければ「悪い出来事」と判断していた。
そこに操作が入っていた。
意図が。

そして次に、自分の中に「間違い」「未熟さ」「ゆがみ」「欠けてる点」「悪」を探していた。
そこもおかしい。

自分自身をジャッジの目で見ていた。
正邪を探す厳しい査定の目。

そして、「この世で起こる悪いことはすべて自分のせい」という世界観だった。
なんと呪術的な世界観。

まるで、「お母さんが悲しそうなのは私が悪い子だから」「お父さんとお母さんがケンカするのは私のせい」というインナーチャイルドちゃんのような。
全然理性的じゃない。

全然ニュートラルじゃなかった。
チョー変な思考の枠にとらわれてた。

だから、人のこともそんな変な思考の枠組みから見ていた。
「あの人のあの状況は、あの人の中のどんな歪みがもたらしたのだろう?」みたいなふらふら
「あの人と私の間の行き違いに関して、私は自分を反省したのに、あの人はちゃんと反省したんだろうか。あの人の中の何かが引き起こした側面だってあるというのに」みたいな(><)

すいません、懺悔します、私、そんなふうに見てました(><)
「期待通りにいかないこと」を「なにかの間違いに対する罰」みたいに感じてた。
本当に申し訳ありません!
お恥ずかしい限りです(><)


そんな風に思うことなかった。
そんなふうに感じることなかった。
世界はそんなものじゃなかった。

期待していた通りではなくても。
好ましいものと思えなくても。
すべて「ただ起こったこと」。
善悪も正邪もない。

それらニュートラルな出来事を、あえて「祝福」ととらえたい。
すべてはベストのタイミングで起こるギフトだと。

すべてはギフト、すべては祝福。
どんな出来事も。

それが一見、アクシデントという形を取ろうとも。
それが苦痛や傷つきをともなおうとも。
それが混乱を引き起こそうとも。
それが攻撃的なものであろうとも。
それが怒りや悲しみなどの感情を刺激しようとも。

すべては祝福。
必要だからもたらされたもの。
そこから流れが変わる。
そこから変化が起こる。
対流が起こる。
それが刺激となり停滞が解消されブレイクスルーがもたらされる。

そこから学べる。
そこから気づきが起こる。
それが刺激となり成長する。

すべての事象は祝福。
どんな出来事も、「きらめき」。
一閃のきらめき。

私たち自身もまた、「祝福」。
地上に生まれ落ちた一閃のきらめき。


私が生まれたことで、混乱が引き起こされたとずっと感じていた。
子沢山で母が苦しんでいたから。
生まれてきてごめんなさい、と思わずにいられなかった。

でも、そんなふうに考えることなかった。
混乱が引き起こされたことで、たくさんの恵みももたらされたはず。
流れが活性化した側面もあったはず。
混乱と複雑さは豊かさでもあったはず。

何一つ「悪いもの」「間違ったもの」なんてないんだ!
善悪なんてない、正誤なんてない、正邪もない。
私の内側にも、外側にも。

何か事件が起こったとき、「私の中の何がそれを引き寄せたのか」と内省するのは良いとして。
その姿勢を、もっとニュートラルなものにしようと思う。

「何が起ころうとしているのかな」
「ここからどんな流れが生まれるのかな」
「生まれようとしている流れを促進するにはどうすればいいのかな」
「ここからどんな豊かさがもたらされるのだろう」
そんな目でとらえたい。
自分の内側も、外側も。

「何が刺激されてるのかな」とか。
「もう手放す方がいい価値観はなにかな」とか。
「ここから何を学べと言われてるのだろう」
「挑戦するべき課題はなんだろう」
「私のどの側面が成長しようとしているのだろう」とか。

祝福をもたらす刺激、一閃のきらめきとして、すべての出来事を捉えたい。

そこから「出現しようとしている未来」を見出したい。

それを豊かさをもたらす祝福として受け止めたい。

すべての刺激、すべての混乱はクリエイティビティ。
祝福。
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 23:27| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

生きることは殺すこと

光と闇は必ずセット。

光だけを受け入れて闇を受け入れないわけにはいかない。


生きることと死ぬことはセット。

美味しいものを食べることは野菜や家畜たちの命を奪うこととセット。

お庭にキレイなお花たちを育てるということは、虫たちや「雑草」だと分類した植物たちを排除していくこととセット。

免疫力を上げて健康に生きるということは、微生物や菌やウィルスたちを体の中で無慈悲に殺戮しているということ。


私が歩けば足の下でアリが死にタンポポの芽がつぶれていく。

私が一日生きれば、人が一日に消費するだけの自然が破壊されている。


生きることは殺すこと。

地球上の生命の循環は奪い合いの循環、殺し合いの循環、喰らいあいの循環。

地球上に生きとし生きるものたちはみな、生まれた瞬間から喰らいあいの輪に参加している。

喰らい喰らわれ、無慈悲に殺され、死体も残らぬほどに喰らい尽くされる輪に。

人間だけが残酷で破壊的なわけじゃないし、人間だけがその奪い合いの輪から自由なわけでもない。

地球上で生きるということはそういうことなんだ。

人間も動物も、そこから逃れられない。


それでも生きることにコミットする?できる?

地球上の生命の循環に腹を決めて参加できる?

「かわいそう」とか無責任なごたくを並べずにニワトリを締められる?

「誰も傷つけたくない」などときれいごとをのたまわずに、自分や家族の身を守るための戦いを繰り広げられる?


生きるための戦いを、「あさましい」とか「汚い」とか「醜い」なんて感じてしまうことが恥ずかしいことなんだ、と、自分もその輪の中に生まれたときから参加しているのだ、と認めて引き受けることができる?


そう問われているのかな、と思うできごとが続いている今日このごろ。

腹を決めて生きていきたいのだけれど。

「生」をコミットして選び取りたいな、ともがき中。

posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 22:56| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 私はもっと自分といういのちに仕えよう【カミングアウトシリーズ番外編】

「生きること」が「殺し合うこと」でもなお【カミングアウトシリーズ番外編】”の続きです。



涙なみだの感動的な公開個人セッションを終えたとたん、

他の受講生さんたちにわっと囲まれました。

口々に、「感動した」「共感した」と言っていただいて・・・。


それが、すごくすごーく、嬉しかったのです。

自分の言ってることなど、青臭い戯言でしかないんではないか。

自分では本気でも、誰も本気でなんて耳を傾けてくれないんではないか。

笑い飛ばされるだけなんじゃないか。

馬鹿にされるだけなんじゃないか。

そういう想いがあったので・・・。


でも、そうじゃなかった。

皆さん、共感してくださいました。


私の言うこと、感じていることが、たくさんの人に受け入れてもらえる。

それはとっても嬉しい体験となりました。

社会は怖いモノじゃないのかもしれない。

社会は、敵じゃないのかもしれない。

私は排斥されたり排除されたりしないのかもしれない。

私は温かく受け入れてもらえるのかもしれない。


mixiとか、フェイスブックとか、ネットの世界ではたくさんの共感の声に日常的に触れている私ですが、

まだまだリアルの社会への警戒心は強くって。

それこそ、企業の社長さんとか、そういう、リアルな社会の中枢にいるような方々には、

私のような存在はなかなか受け入れてもらえない、とどこかで思ってたりします。
実際、コーチとか占い師とかいう職業を怪しまれるなんて日常茶飯事ですしね。

親戚から「壺とか売ってるんだろう」って言われたこともありますし。


でも、全員がそうとは限らない。

ちゃんと受け入れてくださる人たちだっている。

今回の豊島ワークで、社会で実業を営んでらっしゃる皆さんからの温かい反応は、

私の社会不安や他者不信を軽くしてくれるものでした☆
現実社会も捨てたもんじゃありませんね!






幕末に龍馬や勝海舟や海援隊が日本の今後を語り合ったという片山邸、という舞台。

故郷の自然を住民がその手で守った豊島産廃不法投棄事件のリーダーにお会いできる、というオープニング。



私も、その偉大な先人たちの末席に連なるのだな、と思いました。

夢と理想を追求し、大切なものを大切だと訴え続ける、リーダーたちの末席に。



もう「生きてていいとはとても思えない」と言うの、やめます。

「生きていていい、と信じ抜く!」と言います。

神様、私、一縷の望みをそこに託します。


確信なくても、証拠なくても、そこに賭ける。

私は生まれてきてよかったし、人類は生きていていい。

それを一生掛けて証明してみせる。

そこに、賭ける。



私は、自分自身を生かす道と、周囲を生かす道の両立の方法を探り続ける。

人類の喜びと豊かさと、地球環境の喜びと豊かさが、イコールになるような

第三の道を探り続ける。


そのためにコーチングセッションをし、そのためにワークショップを開き、

そのためにタロットの叡智を伝え続けます。


すべて、第三の道のために。
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 22:32| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「生きること」が「殺し合うこと」でもなお【カミングアウトシリーズ番外編】

【カミングアウトシリーズ番外編】


岡部明美さんの公開個人セッションの中で明らかになった、私の中からこみ上げる想いの数々、

言葉にするたびに滂沱の涙がこみ上げてくる言葉の数々。



『私はまだ、自分が生きていていいとは思えない。

人類が生まれてきてよかった、という確信が得られてない。

だって、生きることは殺すことだから。

人が生きようとするとき、たくさんの生命を死に追いやるから。


でも、それでも命は尊いと思うのです。

生きようとすることは尊いと思わずにはいられないのです。

「生きること」が「周囲の命を殺すこと」につながろうともなお。

「生きること」が「殺し合うこと」でもなお。


自分自身のこともまた、短絡的に「死ねばいい」とは思えない。

よく「死にたい」とは思ってしまうけど。

なぜなら、私はたくさんの能力を、神様から預かってきている。

これらを使って世界を変える約束をして、預かってきている。

私の過敏さ、私の弱さ、私の感受性の強さ、私の表現力、私の情熱、私の激しさ、などなど、

今の私を形作る能力はすべて、

これらを使って世界を変えよという指令と共に、神様から預かってきたもの。

私は世界の役に立てるはずの存在。


世界のために、私は黙ってはいけない。

私は発信し続けなければならない。

大音量で。


たとえて言えば、「炭鉱のカナリア」なんだ。

坑道に満ちる有害ガスをいち早く察知して騒ぐ、カナリアだ。

カナリアが黙ると坑夫たちが死んでしまう。


繊細なアンテナとラウドスピーカーの両方の役割を担って生まれた、ということは

「炭鉱のカナリア」であることを引き受けて生まれた、ということ。

私のアンテナが察知したことは、勇気を持って発信していかなければいけない。

場を乱すことを恐れず。

世界を良くするために。

それが、神様から授かった能力を生かして世界を変えていく、ということ。



私は”文明のコーチ”になりたい。


私は生まれてきて良かったのか。

人類は生きていていいのか。

まだその答えは見つけられていない。

私はまだ、私は生まれて来て良かった、人類は生きていて良い、という確信を得ていない。


仕方ないから、その確信、その証拠を探し続けよう。

だって、生まれてきてしまったんだから。

見つかるまで、探し続けよう。

自分自身を生かす道と、周囲を生かす道の両立の方法を探り続けよう。

周囲に気を遣って自分を押し殺すのではなく、

自分が好きなことやるために周囲に我慢を強制するのでもない、第三の道を探り続けよう。

自分の喜びが人の喜びとイコールになるような、

人の喜びが自分の喜びとイコールになるような。


人類の繁栄と、地球環境の保全の両立の方法を探り続けよう。

「人類なんて地球の癌細胞だ」と罪悪感から小さく縮こまって生きる道でもなく、

人類の繁栄のために地球環境を破壊する道でもない、

第三の道を探り続けよう。

人類の喜びと豊かさと、地球環境の喜びと豊かさが、イコールになるような。

そんな道がある、と信じ続けよう。

いつか、見つかる日まで。


それが”文明のコーチ”。

第三の新たな文明を模索し続けるコーチ。

わたしは”文明のコーチ”になりたい!』



大文字で書いてあるところが、岡部明美さんがセッションの中で私の中から引っ張り出してくださった想いです。


自分がこんなことを考えていたなんて!という新鮮な驚きと共に、

内側からこみ上げてくる想いを言葉にすると、

そのたびにカラダは震え、言葉と共に涙がボロボロとこぼれるのです。


ああ、本気なんだ、と思いました。

私は本気だ。

このことをこんなに真剣に心から願い、祈っている。
自分のカラダの震えとあふれる涙に、「認めざるを得ない」と思いました。

降参だ、と。
この道を、生きよう、と。

私のいのちの使い道は、ここだ、と。


キーワードだけを羅列しても意味がわからないと思うので、
補足を細かく付け加えて、意味の通る文章にしてみました。


私はこんなに大それたことを祈っているようです。

自分に何ができるのだろう?と思わずにはいられないのですが。


書いててとても恥ずかしい(汗)

でも、これが私の真実の願い。

心の底からわき上がってくる想い。



         長くなっちゃったので分けます
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 22:26| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

その6/完【カミングアウト】あなたが祈れ。あなたが生きろ。あなたが愛せ。

前回の日記、 ”その5【カミングアウト】そしてプチ家出。”の続きです。






「自宅のある山村に住んでいても喜びが薄い。



だからウツっぽくなるんだ。」





プチ家出も予定期間を終えようとする頃、



家出生活のあまりの快適さと楽しさに帰宅するのがイヤになりました。





「あそこにはなにもない。



気晴らしできる娯楽も店も。



文化がない。



苔むして味わいの増したお地蔵さんや祠などもない。



私はそういう存在が大好きで、そこからエネルギーをもらうのに。



私は古くから人が住んでいる土地が好きなんだ。



そういう土地に積み重なる”文化の層”みたいなのが好きなんだ。



商店街とか、古い建物とか、狭い路地裏にところ狭しを置かれた植木鉢とか、猥雑な雑踏とか。」





と、足りないものに目を向けた不平不満のカタマリの状態で、琴似神社に散歩に行ったんです。





もともと琴似神社に行くつもりじゃなかったんですが、導かれるようにして行くことになってしまったのが不思議です。



気晴らしにひとりカラオケに行こうとしたんですが、琴似のカラオケ屋さんが軒並み満室だったから、



「仕方ない、散歩でもするか」と琴似神社に行くとこにした、というね(爆)



これも導きなんでしょうねーーー。







そしたら、琴似神社の木々からすごいメッセージをいただいてしまいました。





私、ふたこわたるさんのネイティブアメリカン自然との共生の知恵ワークショップに何度か出たことがきっかけで、木々からときどきメッセージをいただくようになってしまってるんです。



  ※その辺の経験を書いた日記



  2010年10月08日「もじもじしちゃう告白その2。木々とお話したはなし。」

  http://ameblo.jp/tamahomisio/entry-10670519559.html




  2011年09月08日@ふたこさんを泣かしちゃいました

  http://ameblo.jp/tamahomisio/entry-11011259706.html



  2011年09月09日Aふたこさんを泣かしちゃいました

  http://ameblo.jp/tamahomisio/entry-11012223558.html




  2011年11月18日木々が教えてくれたお話。「天国の作り方」

  http://ameblo.jp/tamahomisio/entry-11081782472.html








以下、今回、木々からいただいたメッセージ概要です。



合間合間に私からの質問など、合いの手が入ってます。





  −−−−





『あなたは人が居住地の周囲に塗り込めていく「愛」のエネルギーが好きなんだね。



A村にはそれがまだまだ薄いと感じてるんだね。



スカスカして感じちゃうんだね。





自分が暮らす周囲を愛で塗り込めていく能力、それが人が救世主たるゆえんの能力のひとつ。



人の、愛するという能力の一つの現れ。



人の愛のエネルギーは、形を与えられて地球の上に積み重ねられていく。



私たちもそれを望み、地球の表面に愛のエネルギーを積み重ねていくという人間の使命のためには協力を惜しまなかった。



建造物、建築物もその一つ、形を与えられた愛のエネルギー。



誰かの幸せのために、誰かの喜ぶ顔のために、もしくは誰かが死なないために、誰かを不安から守るために創り上げられたもの。



人間のすべての行いは「愛」だよ。「恐れ」も愛が反転したもの。 』





「ケンカやいさかいもですか?」by私





『そうだよ。ケンカすらも愛。



あなたも気がついているようだけど、「愛」と「生命力」と「美」と「喜び」は同じエネルギーの状態が変化したもの。



氷と雲と川が、同じ水でできているものの状態に応じて付けられた名前であるように。



生命力は愛。



生きようとするのは「愛」なんだよ。



それは美しい。



食べるために他の命を襲ってる姿も愛。その姿は美しい。





だから、生き延びるために外敵と戦うのも愛なんだ。



自分を脅かす存在といさかうのも愛。



より快適でより豊かな生を求めて勢力範囲を広げようとすることも愛。



より豊かでより安全な暮らしのために建築物や建造物を作るのも。



すべて神事。



命の発露だから。



生きることは、そして生きようとすることは、死ぬまいともがくことは、すべて愛で美で神事なんだよ。



互いにもがきあいせめぎ合って時には殺し合うことすらも。



神聖なんだ。





地球上のすべての生き物の中で、人間が生き抜きたいという願いを細やかに表現し、形に成していく。



それがたくさん現れてる土地はエネルギーがこまやかで生きやすい。



あなたがそれを求めるのも当然だ。無理もない。





地蔵、祠、それらは人が



「幸せになれますように」



「苦しみや病や死から逃れられますように」



「長生きできますように」



と祈り続けていた対象。



愛と祈りのこもった場所。



より良く生きたい!という強い願いの積み重なった場所。



こまやかな慈愛のエネルギーが厚く塗り重ねられたパワースポット。 』




「A村にはそれがない。私だってそれらに触れて生きていきたいのに。」by私





クリスマス『ひとつ、あなたに聞きたいことがある。



あなたは存分に生きようとしたか?



より快適でより豊かな生を存分に求めたか?



「幸せになれますように」「苦しみや病や死から逃れられますように」「長生きできますように」と心を込めて祈りつづけてきたか?



それどころか、「どうしてこんなところにいなきゃいけないんだ」「逃げ出したい」「死んでしまいたい」と願ってきたのではないか?





先人が積み重ねたものを欲しがるだけじゃなく、あなたが祈れ。



あなたが生きろ。



あなたが愛せ。



あなたがあなたの周囲をパワースポットにするんだ。



あなたの居住空間が十分にパワースポットでないとしたら、あなたがそこを十分に愛していないからだ。



「ここで幸せに生きられますように」「もっともっと充足して長く生きていけますように」と存分に祈っていないからだ。



あなたらしく存分に生きるために存分にあがいていないからだ。



あなたが神事を十分に行っていないからだ。





あなたは人の幸せは熱く祈る。



それなのになぜ自分の幸せは祈らない?



なぜすぐに「死にたい」と言う?



それが神を汚しないがしろにする行為だとなぜ気づかない?



神事を怠っていることに気づいてほしい。





生きろ。



貪欲に幸せになろうとしろ。



そのためには人を傷つけることなど恐れずに戦え。



自己主張しろ。あがけ。



それが愛だ。それが美だ。



それが地球をパワースポットに変えていくんだ。』





   −−−−





木々からのメッセージは、以上です。





「あなたは生きようとしたか?」と一喝されたときは・・・



虚を突かれて、ぼろぼろ泣いちゃいました(涙)



確かに、私は生きようという意志が弱かった。。。





生きようとする意志が、周囲をパワースポットにしていくんですね。



自分の幸せを求めて。戦ってでも生き抜くというのは、醜いエゴではなく、



神聖な神事だったんですね。







確かに、いのちは神聖なモノですものね・・・



意識が低かったですorz



気がついておりませんでした。



恥ずかしい限りですorz




これからはもっとまっすぐ、生きたい!と願いたいと思います。。。自分という命にもっと仕えたいと思います。







あ、そうだ、もうひとつ、こんなメッセージもいただきました。





「あなたは敏感なアンテナであると同時にラウドスピーカーでもあるように生まれた。

片方だけの役割ならば生きやすかったのに、両方を担ってしまったので生きづらい。



あなたがより敏感で精度の高いアンテナでいられるように、



周囲からの雑音や衝撃からあなたを守ってくれる人がもっと増えるよ。



安心してて。」





嬉しいメッセージです!




やったー!





※注:このメッセージの内容が正しいかどうか、私にメッセージくれたのが木々なのかどうか、



 検証のしようがないのです。



 でも、メッセージの内容が、私の今後の人生がより良いものに変わっていくのにプラスになると判断したので、私は採用することにしました。



 皆さんも、そういう観点で、このメッセージをなにか参考にするのかスルーするのか、決めてくださいね。









   以上、長かった今回の連載、【カミングアウト】シリーズですが、ここでいったん区切りとします。



   読んでくださった皆様、ありがとうございました。
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 22:18| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

その5【カミングアウト】そしてプチ家出。

前回の日記、 ”その4【カミングアウト】そっか、カラダだ!!”の続きです。


「今の不調は身体由来のものなんだな」と腑に落ちたところまで書きました。


もうとにかく気分一新して根本的なところから立て直さなければいけないところまで追い詰められてました。

もうどうにも気力が尽き果ててて、カラダもエネルギー切れで動かない。

「こんな状態で、私は大学生をアタマに子ども三人をかかえる一家の大黒柱として稼ぎ続けていけるのか?」という不安。

どうにかしないと。

どうにかしないといけない。

このままじゃ無理。

続かない。

立ちゆかない。



夫と今後の対策を話し合い、

長男のために用意してあった大学進学資金の一部に手を着けさせてもらって、

それを軍資金にまずは私の体調と気力立て直しに専念しよう、ということに決まりました。



どうしたら立て直せるのか?

それも少しでも早く?

自問自答してみると、「入院したい」という言葉が上がって来ます。

しかし、私程度の軽症の体調不良・気力不全で入院はないでしょう。

よっぽど頼み込んで、保険使わず自費でなら入院を引き受けてくれる病院もあるかもしれませんが。


そもそも、なぜ入院したいかといえば、日常生活からいったん切り離されて、気分を変えたいから。

気分を変えて、療養に専念したいから。


    ・・・だったら湯治っていう手があるんじゃない?


と、そこで「湯治」という選択肢が浮かびました☆



温泉に長逗留して、一日に何回も温泉に入りながら、合間合間にマッサージなんか受けて、

ちょっと付近をのんびり散歩したりして過ごす日々・・・。

想像するだけで楽しそうです(^^)


それなら、やりたい。楽しみだと思える。ワクワクが胸の底でよみがえる。行きたい!

久しぶりに、「死んでしまいたい」「逃げ出したい」「何もかも投げ出したい」以外の望みが自分の中に芽生えました。

湯治に行きたい。



しかし、いかんせん、資金に限りがあり、大事に使わなくてはいけません。

気力体力がいつ回復するか、わかりませんし。

節約しながら使っていかないといけません。

というわけで、安価な湯治プランのある温泉をネットで検索しました。


でも、一泊や二泊で帰って来たくない、せめて一週間は滞在したい、となると、

やっぱりまとまった金額になる・・・



     ・・・そうだ!キノコ荘でしばらく暮らせばいいんじゃない?



そして近くのスーパー銭湯に通って、電気風呂とかサウナとか岩盤浴とかに入ればいいんじゃない?

天然温泉じゃないけど、体は絶対に温まるしゆるむし療養になる。気持ちも休まる。

気分転換にもなるし。



キノコ荘からスカイプでセッションすればいいから、セッション予約も変更しなくてすむ!

(注:セッションは歓びで、全然苦痛じゃなかったんです。中止する必要は感じませんでした。
私がつらいのは、帳簿管理とか告知集客とか、終わったイベントの経費計算とか、そのヘンの事務なんです。サイト更新とか。自分のスケジュール管理とか。ブログ更新とか。)


湯治より断然安く済むわけですから、その分を使って、整体やマッサージも受けよう!!

やったーー!!

それでいこう!

キノコ荘なら、周囲にカラオケや飲食店もたくさんあるから気分転換しやすい。

散歩に最適な路地裏や神社もあるし。

交通機関も便利だから、札幌の中心部にもすぐ行けるし。

キノコ荘でしばらく暮らすということは、日常生活にささやかな喜びやワクワクを取り入れるということでした。

セッションの合間にふらりと買い物に行ける。

ふらりと一人カラオケに行ける。

ふらりと神社まで散歩できる。

空いた時間にぶらりと映画見に行ける。


やったーーー!

私はこれを求めてたんだ!!

私は毎日の生活にささやかな喜びとささやかな娯楽が欲しかったんだ!!


湯治を兼ねたキノコ荘プチ家出。逃避行。

考えただけでカラダがゆるみ、気力がかすかながらも湧いてきます(≧▽≦)


 こうして、私は3月始めの一週間をキノコ荘に家出して過ごすことに決めました(≧▽≦)

         


まだ続きます
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 22:13| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

その4【カミングアウト】そっか、カラダだ!!

前回の日記、 ”その3【カミングアウト】西洋医学への反発は、父への怒りでした”の続きです。


2月末、小樽のある心療内科に行き、私のかかえる生きづらさと抑ウツ状態について診察を受けた話まで書きましたね。


診断結果は「不安抑ウツ状態」でした。

内服薬を何種類かいただいて帰りました。


(それが、お薬、しばらくは真面目に飲んでいたのですが、

例のプチ家出の際に忘れてっちゃいました(汗)

だから8泊9日間、お薬飲まずに過ごしたのですが、真面目に飲んでる時と状態に変化がなく(苦笑)。

落ちるときは落ちるしイイ感じの時はイイ感じだし。


松本さつきちゃん(旧mixiネームさつさっつん)のキネシで相談に乗ってもらったり、
 ※松本さつきちゃん http://ranlan.sakura.ne.jp/top-kine.htm

龍犀さんの霊視を受けたりした結果、
 ※古神道家・加持祈祷師 龍犀さん http://ameblo.jp/realtaoist-ryuusai/

「今の不調は身体由来のものなんだな」と。



龍犀さんの霊視結果が日記に残っていたので以下抜粋して引用しますね。





『今回のこの体調不良と精神不安定について、霊視も受けてみました。

気血のバランスが悪い、と言われました。

左右のバランスも悪いし、グラウンディングも不十分。

それから体の軸がしっかりしてないしチャクラも不揃いなのだそうですあせあせ(飛び散る汗)


それ以外には特に問題がない、と。

トラウマとかそういうものは見えない、と。


なるほどーーーーーー

って感じでしたよ(^^;



いや、トラウマとかインナーチャイルドとか一通り癒やし終わった感があるのになー、っていうのが不思議だったんです。

てっきり、ちょっとでも精神的に揺れる時は必ずトラウマとかインチャとかの問題なのかと思っちゃってて。

そうでもないんですねー。

もっと、なんていうか、構造的な問題というか。



たとえていうとこういう話なのかな、と↓↓↓

『ずっとゴミだらけの汚部屋に住んでた私だったが、

あまりの住み心地の悪さに少しずつゴミを捨てていった(←トラウマの癒やし)。

そして床の上に散らばってた必要なものを戸棚や引き出しにしまった(←インナーチャイルドの癒やし)。

部屋は片付いてスッキリしたが、まだ住み心地はあまり良くない。

これ以上なにをどうしろというんだろう?

・・・そうだ、模様替えだ!内装変えちゃえ!家具も買い換えちゃえ!(←今ここ)』

みたいな(^^)

瞑想や体操などが効くみたいなので、ちょっとずつやっていきます。』

   ※引用元 http://ameblo.jp/tamahomisio/entry-11183790096.html




以上。

私としては後半の「汚部屋」の喩えが秀逸だと思ってます(^^)
「そうだ、模様替えだ!内装変えちゃえ!家具も買い換えちゃえ! 」っていうのが、身体を整えていくこと。


龍犀さんに指摘された、

気血のバランス、左右のバランス、グラウンディング、体の軸、チャクラなどを整えていくこと。


引用した文中にも書いてますけど、私、もうトラウマとか心の傷とかは癒やし終えた、と感じてるんです。

誤った信念体系とか思考の枠なども、オオモノはほぼ外した、と。

まだ残ってるとしても、見つけ方、癒やし方、とらわれからの自由になり方など、ほぼ身につけた。

そこではあまりもう苦しまない。

私が今苦しんでるのは、そこではない。


もっと構造的な問題なんだ。

体の整えがまだできてないんだ。

私が苦しんでるのは、そっちだ。

体動かすとか呼吸法とかゆっくり休むとかがうまくできないから、時々滞るんだ。

(だから薬も飲もう、と。薬も脳内物質の調整など身体性にアプローチするものですもんね。)


松本さつきちゃんのキネシの結果も、おおむねそんな感じでした。

カラダなんだよ、と。

そこで、「湯治」を思いついたわけです。



         まだ続きます
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その3【カミングアウト】西洋医学への反発は、父への怒りでした

前回の書いた日記、 ”その2【カミングアウト】実は、心療内科にも掛かりました”の続きです。


2012年2月末のある日、小樽の心療内科に夫の運転する車で向かいました。

初診だったこともあり、受付から診察までめっちゃ時間かかりましたが、夫はいやな顔ひとつせずに待っててくれました。

そのクリニックの先生はとても穏やかな方で、カウンセリング的な診察をしてくださる方でした。
(興味のある方はメッセくださいね。クリニック名などをお知らせします)

優しい笑顔と共感的な物言いに、「心療内科なんて薬出すだけなんでしょ」という先入観をひっくり返されました(^^)

じっくり話を聞いてもらい、色々相談にも乗っていただきました。


その先生の白衣姿を「こんなお医者さんもちゃんといるんじゃないか」という意外な想いで眺めながら、

一つ気がついたことがあります。


「西洋医学への反発や不信感は、精神科医だった父への反発や怒りの投影だったのかもしれないな」


父は、精神科医でしたが、

場面緘黙で、登校拒否気味で、友達一人もおらず、いじめられっ子で、全身でSOSを出していたはずの幼い日の私を、一切助けてくれませんでした。

思春期には自殺企図の現場を取り押さえられたりしてましたけど、あの人は何一つ助けてくれませんでした。

私だけじゃなく、家庭そのものを放棄してました、あの人は。


ああ。

夫への早すぎる見限りや諦念も、父へのそれを夫に投影してしまってたからだ。


「どうせ男なんて」と思ってた。

「きっとわかってくれない。きっと向き合ってくれない。きっと助けてくれない。」って思ってた。


「医者なんて信じるものか」って思ってた。

「西洋医学なんて」って思ってた。

父への反発心から全否定してしまってました。



でも今回、夫も心療内科のお医者さんも、私が「きっとこうだ」と決めつけているのとはずいぶん違う反応だったわけです(^^)
私が「もうこのままでは生きていけない」と白旗を掲げ、今まではしようともしなかった試みを始めてから、

世界は違う側面を私に見せ始めました(^^)



この気づきが、後日「父性的なるもの=強圧的な迫害者という呪縛からの解放」というタイトルの日記となったわけですが
http://ameblo.jp/tamahomisio/entry-11187229972.html


何事も、最初っから決めつけてあきらめていてはいけませんね☆
試みもせず、「どうせ」って放棄しちゃいけませんね。

今回、そのことを深く学んだ気がします。

もがいたら道は開けますね。

もがいてもがいて、あがいてあがいてを続けていれば、必ずや道は開ける。




       まだ続きます
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【カミングアウトその2】実は、心療内科にも掛かりました

前回の日記、 ”【カミングアウト】実は、死にかけてました(苦笑)”の続きです。

2月はずっとウツ状態だったのですが、2月末にとことんまで落ち、

仕事ももう続けられないのではないか、と思わされ、

そこまで追い詰められたので、とうとう夫にも相談できた話まで書きましたね(^^)


物心ついて以来、対人恐怖症だったり場面緘黙症だったり、思春期には境界性人格障害の気があったり、と、

ずっとメンタルに問題をかかえて生きてきました。


でも一度も心療内科に掛かったことなかった。

カウンセリングルームに通ったことはあっても、心療内科には、一度も。

「薬出すだけなんでしょ?」と、斜に構えて見てました。

「患者の話なんてろくに聞かないで、背中向けてカルテ書いて、薬出すだけらしいよね」、って。


カウンセリングや各種セラピー、コーチングで、めざましくメンタル状態が改善したこともあり、

そちらにばかり取り組んでました。

そして、実際に効果は上がっていたんです、着実に。


「私は生まれてこない方が良かった」「生まれてきてごめんなさい」という自己否定が、ほとんどなくなりました。

いつも胸に巣くっていた、大きなブラックホールみたいな虚無感は今はなくなりました。

いつも圧倒的な孤独感から悲鳴をあげて泣き叫んでる存在が私の内側にはいましたが、

今は居なくなりました。

ものすごい怒りと憎しみと不信感で世の中とか人々をにらみつけている、呪詛に満ちた存在が私の中にいましたが、今は居なくなりました。

「世の中とか社会は地獄だ、私はその地獄の責め苦にあえいでいる可哀想な被害者だ」、という思い込みが私の中にありましたが、

それも今はほとんど手放せました。


学生時代に心理学やカウンセリングに出会ってから20余年、

タロット占いやコーチングの勉強に導かれてから10年、

セラピーに日常的に触れたり関わったりし始めてから7〜8年、


対人恐怖がひどくて就職活動もできなかった私が、人前で講師をやるまでに変われました。

身なりに気を遣うことを自分に許すことができず、

親戚のお古の服を着て眼鏡と前髪で顔を隠してうつむいて生きていた私が、

醜形恐怖気味でさえあった私が、

「素敵」「キレイ」「今日もおしゃれ」って言っていただくことが珍しくなくなりました(^^)
幼稚園と小学校の計9年間、友達と言える存在はほぼゼロ、すべての休み時間を自分の机でひとりぼっちで過ごしていた私が、

心許せる仲間たちに囲まれ、親友と呼べる人を何人も持てるようになりました。


これらはすべて、各種セラピーやカウンセリングのおかげです。

コーチングやタロットと出会えたおかげです。

スピリチュアルな考え方に出会えたおかげ。

これらの効果を、私は自分の実体験を通して確信しています。



            ・・・でも。


それらだけでも、足りないのかもしれない。

事実、私はまだこんなにも死にたい。

こんなにも苦しんでる。

まだ何かが足りない。

なにかが不全だ。

なにかが機能していない。


よし、今まで取り組んでこなかった方向性から自分の「生きづらさ問題」に取り組んでみよう。

心療内科だ。

心療内科に掛かってみよう。

薬も、そんなに毛嫌いせず、処方されたら飲んでみよう。

実体験を通して、心療内科や内服薬についてもっと知ってみよう。

食わず嫌いはもったいない。


二月末のある日に、そう決心したのでした。

底を着いた日に。


奇跡的に、一日、空けられました。

滅多にそんなことないのに、予定がほとんど入っていない日が、奇跡的にあったのです。


小樽の心療内科を調べ、電話で問い合わせ、夫に連れてってくれるように頼みました。


         まだ続きます
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 21:53| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【カミングアウト】実は、死にかけてました(苦笑)

ちはらだくにこさん改め天賞エリカ さん(改名されました!)の魔法学校に参加してきたたまちゃんです、こんにちは!

一人一人の深いところに揺さぶりをかけてカオスを引き起こし、

そこから自分の本質を呼び覚まし、一皮剥けた新しい自分として再生するような、

そんなワークショップでした。

すごい面白かった(≧▽≦)

そして刺激的だった(≧▽≦)
ちょっと愛と桃舎 のワークショップと方向性似てるかも。

そういうカオス度の高いワークショップをできる人は少ないので、貴重です。



混沌を整理して言葉に直していく、カオスからコスモスへ!タイプのワークショップの方が圧倒的に数が多いですよね。

そういうタイプの方が、体系化しやすいんでしょうね。

そちらのアプローチも大切なんですが(私も好きでよくやりますが(^^)、カオス系は本気で変わりたい人には効果大。パワフル。お勧めです。

よろしければこちらをチェックしてみてください。おススメです(^^)
http://happywoman.at.webry.info/




さて、日記タイトルの件ですが。

私、2月末のある日の夜に、死にそうな自分にはっきりと気がついてしまったんです、実は。

死にかけてる自分に。



2月に入ってから、ひどいウツ状態に陥ってました。

可愛がっていたペットのセキセイインコのアニーちゃんが、2月の頭に急死したのも大きなきっかけとなり・・・。


去年の秋にヒヨコのクララちゃんを亡くし、その後まもなく飼いだしたアニーもわずか数ヶ月で急死。

立て続けのペット喪失体験は、私にとってかなりな打撃でした(TДT)

これだけ続くということは、なにか私の飼い方に問題があるのではないか、私が彼女らを死に追いやったのではないか、という罪の意識にも責めさいなまれました(TДT)



そして長男の大学受験。

学費の算段を、大黒柱である私がしなければなりません(><)

そして、車の買い換え。

セカンドカーとして愛用していた軽が寿命を迎えたので・・・。

その費用の算段も、私。


ただでさえストレス耐性が極端に低く、メンタル弱々な私。

これらのライフイベントがまとまってやってきたのは・・・致命的でした。

大打撃となりました。


5年前の悪夢の再来ともいうべき・・・。

5年前にも、愛犬の死、父のガン発覚とその数ヶ月後の死が、私の第三子妊娠・出産と重なったのです。

あのときもかなりなウツ体験をしました。

今度もそのときのつらい体験がよみがえるような・・・orz

支えてくれる存在は次々といなくなるのに、重荷だけが増える。

重圧だけは増えるorz

誰か助けて!!


その、運命の二月末のある夜、

コップの縁まで盛り上がっていた水に最後の一滴がぽとんと落ちるようなちょっとしたきっかけがあり、

コップの水があふれました。

ものすごい鬱状態に陥ってしまったのです。

「死にたい」「死にたい」という考えが頭をぐるぐる回り、眠れず食べれず・・・

2月の頭からずっと、苦手な事務仕事が一切手に付かなくなっていたのですが、

「もう何もできない。このままだと仕事をやめるしかない。」という脅迫観念に襲われ・・・



その夜、私は”自分が「死にかけてる」”ってはっきり自覚したんです。


このままでは本当に死んでしまうかもしれない。

「死にたい死にたい」という想いから解放されない限り、いつの日か、自死を完遂してしまうかもしれない。

なんとか自死は免れたとしても、”生きた屍”状態だ。生き方を変えない限り。


これまでの生き方を、根本的に変えない限り、

仕事もできず、人生も楽しめず、

ウツウツと我慢と忍耐と絶望の狭間でなんとか生きてるだけの人になってしまう。

もうそんな状態になりかけてる。


ってことを、目の前に現実として突きつけられました。




しかし、人は成長するものですね。

四年前とはまったく同じではありませんでしたよ☆



あぜ さん、ふたこ さん、松本さつき ちゃんなどセラピスト仲間にSOSを出し、話を聞いてもらい、応急処置をしていただきました。

そして、夫にも助けを求めました!!


これは、かなりエポックメイキングな出来事なんです。

若い頃、お互いが未熟で関係性も悪かった頃、夫は私のメンタルの弱さをまったく受け入れてくれませんでした。

「怠け病」呼ばわりされたりして、全然理解してもらえなかった。

全然サポートしてもらえなかった。


それ以来、20年近く夫婦やっているのにもかかわらず、「この人には言っても無駄」「この人には何も分かってもらえない」とあきらめきってしまい、頼ったり期待したりするのをすっかり止めてしまってました。

その四年前のひどいウツのときも、夫には一言も相談してませんでした。

一切弱音を吐いてなかった。

友達やセラピスト仲間にはさんざん弱音吐きまくって支えてもらってたのに、夫にだけは、一切。



でも、今回、言えました!

ここ二三年、大げんかもして、離婚話も持ち出したりして、徹底的に話しあい、

それらの甲斐あって、めちゃくちゃ夫婦仲が改善してましたから。

(その節は間に入ってファシリテーションしてくれたあぜさんどうもありがとう!)

とうとう、言えました涙

なんとも感慨深い。


そしたらね、夫ったらですね、すごく真摯に聞いてくれて、一生懸命相談に乗ってくれて、ものすごく色々配慮してくれてですね(TT)


もう感激ですよ、こんな日が来るなんて(TT)


   るんるん長くなったので、続きます。
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 21:50| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月01日

批判されるんじゃないか、攻撃されるんじゃないかって、実はかなり怖かったんです。

この度、11/11の日記で、自分自身の秋季ウツ傾向と、

「私には均一な速度で均一な質の作業をすることが難しい」ということをカミングアウトしました。

  http://ameblo.jp/tamahomisio/entry-11075305228.html




そして、がんばって努力するというのをもう手放そうかと思っている、と書きました。



ご迷惑をおかけしたりするかもしれないが、時々お仕事の滞るこんな私のことも温かく見守ってほしい、と書きました。



そして時々ちょっと手助けしてもらえると嬉しい、とまで。





そうしたらなんとも温かい心のこもったコメントの数々が・・・泣き顔

特にミクシィの日記
の方に・・・

(お返事できておりませんが、本当に嬉しく何度も読み返してますぴかぴか(新しい)



個人メッセージや個人メールでもたくさん共感と受容に満ちた言葉をいただきました涙



本当に嬉しい。





実は、かなり怖かったんです。



こんなこと書いたら批判されるんじゃないか、攻撃されるんじゃないか、って。



こんなこと言うべきじゃないよね、こんなの甘えてるよね、わがままだよね、って。





でも書けた。



全体公開で、「こんな至らない私です。そんな私のままで生きていこうと思います。」って宣言できた。



そして「見守ってほしい、手助けして欲しい」って要請できた。



そして、受け入れてもらえた。



温かく受け止めてもらえた。



批判なんて、ひとつもされなかった。





これは、かなり大きなブレイクスルーですよ!?



クララちゃんを得て、失い、嘆きのプロセスを経て、自分の内なるクララちゃんを大事に抱きしめることができました。



私は生まれつきいびつで、欠けていて、うまく生きられず、周囲に迷惑を掛ける。



それでもいいと言ってもらえるなら、自分を責めるのを止められる。



自分の内なるクララちゃんを肯定して、優しく抱きしめて、一緒に生きていける。





すごく大きなインナーチャイルドの癒やしです目がハート



私は私のままでいい。





 クローバー





クララというのは、私が飼っていた生まれつき足の悪いヒヨコです。



彼女は私の天使でした。



彼女と出会えたことは私にとってミラクルでした。



わずか三ヶ月という短い命の中で、どれほど大きな気づきと癒やしを私にもたらしてくれたことか。





※クララを飼うことになった経緯。

「セキセイインコが名古屋コーチンに化けました。足の悪いヒヨコ。名付けてクララ。もしくはクレール。」

http://ameblo.jp/tamahomisio/entry-10975851875.html



※クララちゃんは私のインナーチャイルドの象徴でした。

「森に捨てられたインナーチャイルドちゃんを回収しました」

http://ameblo.jp/tamahomisio/entry-11010263914.html




※その短い命を閉じるときも、多くのことを教えていってくれました。

「クララ哀悼。あなたが居てくれたから私は強くなれた。」

http://ameblo.jp/tamahomisio/entry-11063040202.html








養鶏場からは「要らない」と排除の対象になるであろう足の悪いヒヨコ。



そして、実際に長く生きられなかった障害のある体。



そんなクララちゃんが私にとってはどれほど愛しかったか。大切だったか。





役に立つかどうか、卵を産むかどうか、見た目が均整取れてるかどうか、健康な体を持ってるかどうか。



そんなことで命の価値は決まらなかった。



存在の重さはそんなところで決まるのではなかった。



そのことを体をはって教えてくれました。







私の愛を受け取ってくれた、私になついてくれた、私の愛を受け取ってくれ、そして愛し返してくれた。



そのことがどれほどの歓びと勇気づけになったことか。



クララちゃんは「在り方」のモデルとなってくれました。





私は周囲の幸せを祈りつつ「自分にはなにをする能力もない」「なにをやってもうまくできない」と自分を責めやすいのですが。



私は役に立とうとする前に、愛を受け取ればよかった。



自分のことを役立たずとののしる前に周囲の人を愛すれば良かった。



まず、有能であろうとする前に周囲と愛のエネルギー交換をすればよかった。



それから、有能であろうとチャレンジすれば良かった。



その方がきっとずっとうまくいく。





これからはもっとうまく、自分自身を愛し、周囲から与えられる愛を受け取っていけるような気がします。





クローバー





この一連の大きな気づきと癒やしですが、



実は私は福本いずみさんの「ハートウォームエナジー」のアチューンメント効果なんじゃないかと密かに思ってるんです。





6/30に受けさせていただいてから、ものすごく大きな変化が私を訪れました。



クララとの出会いもその後に起こりました。





欠けたところのある私、劣ってるところのある私、普通と比べていびつな私では誰からも受け入れてもらえない、愛してもらえるわけがない、という強い思い込みが、深いところから癒やされました。



ハートウォームエナジー、興味のある方はぜひ。



「自分を愛すること、または人を愛することがうまくできない人やインナーチャイルドの癒しをしてくれるエナジー」なんだそうですが、まさに今回私に起こったこととドンぴしゃですよね。

http://www.fairy-blue.com/2shop/e_healing/transcription.html




いずみさんによると、

「必要な時に自動的にこのエナジーが流れます。

それは一生の間、ずっと続きます。あなたがすっかり忘れてしまったとしても、です。」



だそうです。

すごいことですよね?

posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 17:38| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

落ち込んでます(><)こんな私ですが、温かく見守っていただけると幸いです。

秋季ウツの傾向があり、毎年10月や11月に落ち込むことが多いたまちゃんです、こんにちは!



今年はタイ合宿や東京出張があり、忙しいやら充実してるやら楽しいやらで11月始まっても調子よく過ごしていたのですが、



やっぱり今年も来ちまいましたわーい(嬉しい顔)あせあせ(飛び散る汗)なはわーい(嬉しい顔)あせあせ(飛び散る汗)





何をする気にもなれない。



気分がふさいで仕方ない。



孤独感にさいなまれる。



不安感と焦燥感でどうにもこうにも落ち着かない。



内側から「誰か助けて!」という悲鳴が聞こえる。





でも、その悲鳴に対処する方法を思いつかない。





今までいろんなことに取り組んできたよね、



できることは全部して、癒やす傷は一通り癒やしたよね、って思う。



外す思い込みも一通り外したよね、って。



もう後は持って生まれたものってことだよね、個性だよね、って。



こういう不安定さ、こういう生きづらさと一生付き合っていくんだろうな、って。





私が足の悪いヒヨコ、クララちゃんに感情移入したのもこれ故。



生まれつき、生きづらい。

生まれつき、不自由。

それでも生きていかねばならない。



普通に歩こうとして歩けない。

なんでもないところでこける。

そしてすぐには立てない。

もがいてあがいてやっと立って、またこける。



みっともないかもしれないし格好悪いかもしれないけど、それを続けていくしかない。





クララが立ってはこけ、数歩あるいてはこけ、バタバタと羽をはばたかせてもがく姿に

すごく自分を見ました。



「まるで私だ」と。







数年前に、自分の対人恐怖はこれ以上はマシにならないらしい、と受け入れました。



努力や癒やしでどうにかなるレベルはもうやり終えた、

これ以上は個性であって直すところではないらしい、と。





今、自分自身の不安定さや弱さ、落ち着かなさを受け入れようと思います。



 ※あ、うまく付き合っていくための工夫は色々やる気です!お灸とかあせあせ

  瞑想や呼吸法もやってますし。

  なにかいい方法をご存じの方からのアドバイスもお待ちしてます!



私は時々、理由なく落ち込む。



私は不安発作とか孤独発作とも呼びたくなるような、突然の不安感や孤独感に襲われることがある。



そういうときには、仕事が滞る。



そういうときには、事務的なメールの返信作業などが遅くなる。



(セッションをやる、ってことにはそんなに影響ないんですけど。セッションは私にとって喜びですからぴかぴか(新しい)





そんな弱くて頼りなくていびつな私です。



時々、周囲に迷惑を掛けてしまう私です。



均一な速度で均一な質の作業をすることが難しい私です。



お仕事なのに。



そんな私でごめんなさいね。





でも、私はそんな私を責めて直そうとしてがんばって努力する、というのを、もう手放そうかと思っています。



「これが私だ」「私にはこういう時期が定期的に来る」と受け入れようと思っています。





ご迷惑をおかけしたりするかもしれませんが、

こんな私がなんとか生きていくことを寛容に見守っていただけると幸いです。



そして、ときどきちょっと手助けをしていただけると、もっと嬉しいですぴかぴか(新しい)





そうですね、話し相手をしてくださる、とか。



温かい言葉をかけてくださる、とか。



なにかが滞ってるときにゆっくり待っていただける、とか。



さりげなく催促してくだる、とか。



「なにか手伝いましょうか」って言っていただける、とか。





温かく見守りつつ、そういう風に手伝っていただけたら、とても嬉しい。





満月も今日終わったことですし、多分ちょっとずつ落ち着いて行くと思います。



メールのお返事やコメントのお返事など、少しずつはじめられると思います。



この日記を書けてますしね。



ご心配おかけした方がいらっしゃったらごめんなさいね。



posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 17:37| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月03日

怒りと憎しみと呪いの塊になってから、戻ってきた

2008年2月29日(金)



二週間以上の日記が空いてしまいました。

今月の頭くらいから、ものすごい浄化と手放しの波におそわれていて。。。

かなり情緒不安定で、かなり状況的にもハードで・・・。

その辺の影響で日記を書くどころじゃなかったわけです


前回の日記でも“早々の挫折”をご報告させていただきましたが。

あれもその“浄化と手放しと自立の波”の一環でしたね〜。

  ※あの日記にはたくさんのコメントをいただき、ありがとうございました。
  とってもとっても励まされ、力づけられました。
  へこんでいるときに、優しい言葉にどれほど勇気づけられたことか。



「私は天才指揮者、千秋になりたい」と宣言して以来、「大人として自分の足で立って義務と責任を果たしていく用意が本当にできたのか」と試されてるとしか思えない局面を立て続けに経験。

“依存対象の喪失”

“責任を追及され、謝罪をしなければいけないような立場の経験”

“メンバーとの対立”

etc...


天から覚悟を試されてるな、と。



まあ、なんとかそのテストには順調に合格しつつあるのではないかと思います。
70点くらいは取れてる気がする



しかし、一時はどうなることかと思いましたよ


それらのお試しが、一度にまるで土石流のように私の身に降りかかった瞬間は・・・

本当にパニック状態。

あれだけひどい状態は数年ぶりじゃないかな・・・。

呼吸困難、動悸、めまい、涙が止まらない、胸の激痛、不眠、「死んでしまいたい」という言葉が頭をぐるぐる回って止まってくれない・・・
七転八倒の苦しみでした。



        □ ☆ □


とどめに、数日前信頼していた人にひどく傷つけられた、信頼を裏切られた、と感じてしまうできごとが起こり・・・・

怒りと憎しみと呪いの塊になってしまう、という経験を・・・


こんな経験、なかなかできないことです(苦笑)


人を憎む、ということがここまで苦しいことだ、ということを体感させていただきました。

本当に苦しかったです。

「我が身を焦がす」って表現がありますけど、本当にそんな感じでした。

胸に灼熱の溶岩がつまってるかのような・・・

相手に対する呪詛がぐわーーーーーっとこみ上げてきて・・・


そんな自分、すごくイヤでイヤでたまらないのに、どうしても止められず・・・

のたうちまわるような苦しみでした。




たまに、何かの加減で、ふっとその苦痛を感じなくなるときがあり、「人を憎んでいない状態ってこんなに楽なのか」と。


病気になって健康の大切さを知り、

傷ついたり、怒りや憎しみにとらわれる経験をして、平常心のありがたさを知るわけですね


いや、本当に平常心とか平和とか平穏という言葉のありがたみが身にしみました。

心が穏やかである、ということがどれほど幸せなことか。

かわりばえのしない平和な日常が、どれほど得難く貴重なものなのか。




        □ ☆ □




そんな中、私のSOSに応えてくれたマイミクひろさんに、友情交換フォーカシングをお願いしました。


自分の怒りや憎しみを感じていくと、「背中」にその存在を感じました。

怒りや憎しみや呪いは、背中に甲羅のように張り付いている、というイメージ。

それをもっともっと味わっていくと、それは怒りや憎しみだけじゃなくて、「痛い!」「助けて!」「これ以上傷つけないで!」という悲鳴も発していることに気づきます。



それをどんどん味わっていくと・・・


それは、甲羅ではなく、私の傷ついた小さなインナーチャイルドちゃんでした。

幼いインナーチャイルドちゃんが、甲羅のように背中に張り付いて、私を守ってくれていました。

怒りと憎しみの権化になって。



「これ以上傷つけたらオレが許さない!」って、あどけない顔を憎悪にゆがませながら剣を構え、私をかばってくれてました。


もっとも無防備で柔らかい部分、お腹に大打撃をくらって丸まってしゃがみこんでしまっている私を背後にかばい。

私を守ろうと、すごい殺気で臨戦態勢をとってくれてました。





        □ ☆ □




泣けました



幼いチャイルドちゃんに、そんなことをさせちゃいけないなー、と。




私は丸まってしゃがみこむのをやめ、背筋を伸ばして立ち上がって、チャイルドちゃんを抱きしめてあげます。

「もう大丈夫だよ」って。

「精一杯私を守ろうとしてくれてありがとうね。でももう大丈夫だよ。私があなたを守るよ」って。





        □ ☆ □




私は立ち上がり、もう無防備な部分を人にさらけ出さなくてもいいように、ミスリルの鎧を身に着けます。

(ミスリルとは、ロードオブザリングに出てくるドワーフの作った美しい鎖帷子です。
絹のように軽くてしなやかなので、服の下につけられるのです。)


もう簡単には人には私の柔らかくて傷つきやすい部分は触らせない。



そして、チャイルドちゃんを抱き上げます。

「そんなに怒らなくてもいいよ。

そんなに人を憎まなくてもいいよ。

ほら、私はもう大丈夫。たいしたことじゃなかったんだよ。

誰にも本当には私たちを傷つけることなんてできないんだよ。

苦しかったね。

つらかったね。

私を守ろうとしてくれて、私のために戦おうとしてくれて、ありがとう。

怖かったのにね。」



チャイルドちゃんはおとなしく抱き上げられ、ふーーーっと脱力しながら、私にしがみついてきます。

よっぽど気を張っていたのでしょう。





        □ ☆ □




私の怒りと憎しみと呪いの正体は、傷つきすぎ幼すぎて、手負いの獣状態になっているチャイルドちゃんでした。

必死で、本体である私や、自分より繊細で弱々しいパートを守ろうとしてくれてました。

お礼を言って抱きしめると、私の中にふーーーっと溶けて一体化していきました。






それ以来、嘘のように楽になりました。

名残でまだ胸はうずきますし、ときどき怒りは頭をもたげてきますが。




私は、被害者意識の塊になって嘆き悲しむのをやめます。

私は背筋を伸ばして立ち上がります。

そして、また歩き出します。

私は、少し強くなります。

私は、ミスリルの鎧を身につけ、もう無防備な部分を人には触らせない人になります。





        □ ☆ □




私は、少し大人になります。

人に傷つけられたと感じた際にほとばしり出てくる怒りや憎しみは、傷ついたインナーチャイルドちゃんに属する感情。

そんなチャイルドちゃんに剣を持たせて臨戦態勢を取らせたりしない。

チャイルドちゃんの存在は認めて、ケアしてあげつつ、表には出さない。

大人である私自身が冷静に背筋を伸ばして対処します。





私は、少し大人になります。

私は、少し強くなります。

私は、背筋を伸ばして、また歩き出します。




        □ ☆ □



私を傷つけた方に対する怒りは正直、まだありますよね。

やはり誠実ではなかったとも思いますし思いやりにも欠けていたと思いますし。

でも、宇宙意志を信頼し、お任せします。
もし天から見ても筋が通っていないことだったならば、カルマとして本人に返っていくでしょう。




しかし、そう考えると、私が今回こんなに苦しんだのも、私が撒いたカルマを刈り入れているだけなのかも。

そうだとすれば、誰にもなんの責任も落ち度もないことなのかもしれません。

そうだといいな。

そう思ったほうが気持ちいいです。



私は誰からも傷つけられてなど、いない。

私は誰からも、裏切られてなど、いない。

私は誰からも、ないがしろにされてなど、いない。

すべて必要だから起こったこと。

学びだと、ギフトだと、感謝しながら受け止めるだけのこと。



(あ、私の場合、そう思えることだったんですよ。
理不尽な暴力とかを受けてらっしゃる方は、こんなふうに利口ぶって受け止めようとしないでくださいね。
世の中には許してはいけないものもあると思います。)



posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月02日

私は竜と闘い、ミスリルの鎧を手に入れた!

2008年3月7日(金)


■タイトル

感動の和解報告。私は竜と闘い、ミスリルの鎧を手に入れた!


■本文

前回の日記に、たくさんのコメント、ありがとうございました。

ひとつひとつにずっしりとした重みがありました・・・

まっすぐに私の心を打ち、深く考えさせるだけの。

伝えてくださったこと、問いかけ、アドバイス、すごく勉強になります。



そして共感。

めちゃくちゃ慰められ、力づけられました。

ありがとうございました



つくづく、私は幸せ者です。

こんなにたくさんの方に、真摯に関わっていただけて。


個人メールや個人メッセージをくださった皆さんも、本当にありがとう。

お返事がなかなかできていなくってごめんなさいね。



       □ ☆ □



すっかりご心配をおかけしてしまいましたが、その後のご報告。




前回の日記で書いたような気づきに至り、「恨みと憎しみの塊」から抜け出せたとたん・・・


       なんと、状況に大きな変化が!!





あの長い日記を書き終わり、アップしおわってすぐ、

その方(ここでは仮にAさんとさせていただきますね)からご連絡が来たんです!


ずっと対話を拒否されていたのに!



それも、ブログを見たわけじゃなくって、ですよ。

(ネットとか全然されてない方なので。だからこうして色々書けます








               ・・・・で。








Aさんとじっくり向き合ってお互いの深い話を共有し・・・。


私がそんなにも傷ついて苦しんでいる、怒りや憎しみにとらわれてしまうほどに、ということも伝えることができて。

そんなに傷つけて申し訳なかった、と受け止めていただき。

Aさんがご自分の気持ちや事情を語ってくださったことで、私の方にも誤解や認識不足、反省点があったことに気づき。





    大団円]





お互いに感謝と謝罪の言葉を伝え合う、感動的な和解に至りました!!!!




外界は自分の内面世界の鏡、って本当なんですね〜!

自分が変われば状況が自ずと変わる、って本当なんですね〜!



私が怒りと憎しみにとらわれて臨戦態勢でいることを手放せれば、世界はそれに応えてくれるのですね〜!



       □ ☆ □



昨夜、瞑想の時間を取ったのですが、

その瞑想の中で、守護天使に今回の件についてのメッセージをもらいました。

(守護天使って呼んでますが、ハイヤーセルフなのかもしれないし。

とにかく、私の「内なる声」です。)




いわく

『今回のことは、ファンタジーに例えると、“竜との闘い”になります。

ファンタジーによくある、“宝を手に入れるために竜と闘う”というストーリーでした。

今回、あなたは果敢に竜と戦い、名誉の負傷は受けたかもしれませんが、みごとミスリルの鎧を手に入れました。

おめでとう。

あなたは勝ったのです。』



『ひとつ、勘違いしないで欲しいのですが、竜は、あなたの内側の存在です。

Aさんではありません。

あなたはAさんと闘ったのではない。

あなたを傷つけたのも竜であり、Aさんではありません。


むしろAさんは、一緒に竜と闘った戦友です。

Aさんと出会ったからこそ、あなたはあなたが向き合うべき竜の洞窟にたどり着け、

Aさんが居てくれたからこそ、あなたは果敢に竜と闘うことができた。

Aさんもまた、あなたと出会ったから自分の竜と闘うことができた。

そして、あなたは“ミスリルの鎧”を手に入れ、AさんはAさんに必要だったものをゲットしました。

出会いをまっとうし、同志としての学びをクリアしましたね。

おめでとう。』




    ・・・・





なんとも感慨深いメッセージですよね。

すごく恥ずかしくなりました。


私は、自分自身の影と向き合い、闘い、傷ついたのです・・・

Aさんに傷つけられたと思いこんでた私って・・・。




       □ ☆ □




以前、自分の対人距離の持ち方を、自嘲気味に「カタツムリ様精神構造」と呼んでました(苦笑)

殻に閉じこもるのか、まるで粘膜のように傷つき易すぎる弱い部分を剥き出してベタベタするのか、の二つの選択肢しかなかったので

対人恐怖がひどかった時期は本当にそんな感じだった。




それがだいぶマシになってきて。


最近はだいぶほ乳類っぽくなれてるな、と感じてました。

粘膜剥き出しっていうより、毛皮をまとえてる感じがする、って。

だから、殻に閉じこもらなくて済むようになってきてる、って。



「ミスリルの鎧」。

いわゆる無骨な「鎧甲」とは違い、しなやかで美しく、繊細で軽やか。

肌のぬくもりも伝わるほどの薄さ。

しかも服の下につけられるので、相手にも気づかせない。


だけど、丈夫で、強い衝撃に耐えることができる。

ドワーフの技術とエルフの魔法に守られ、打撃を本体に伝えない。



あの苦しい時期を乗り越え、私はそんなモノを手に入れることができたのかもしれないな、と。

私はまた強くなれたのだな、と。


ほ乳類から人類に進化できた気がします。




       □ ☆ □



ファンタジーって、「魂の成長の物語」だと常々感じているのですが、今回は自分が竜と闘って宝物ゲットしちゃったか〜、という不思議な感慨を満喫しつつ。

あーーーつらかった!


でも、めでたく2月の最初の頃からの一連の学びが、収束しつつあるのを感じます。

このきつかった期間、見守ってくださって、手をさしのべてくださった皆様、本当にありがとうございました!!


以下、順不同にて。
(心理セッションやコーチングや占いなどをお仕事にされてる方についてはリンクを張っておきますね。素晴らしい方々ですので、ぜひ何かあれば依頼を!)


・「愛と桃舎」の天才セラピスト、あぜさん。
何回も何回もセッションありがとうございました
緊急SOSにも何度も応えてくださって、感謝感激雨あられです!
そのたびに、天才ぶりを確認させていただきました。さすがでした。
http://homepage2.nifty.com/love_and_peach/

・じょいあさん
フォーカシングやタロット占いで応援してくださいました!
ありがとう!
プロのタロット占い師さんでいらっしゃいますが、すごい的中率でした!!
http://www.heartremedy.net/index.html

・メグ*Life Coachさん
一番きつかった時、感情と向き合うセッションをしてくださいました(^^)
助けられました。ありがとう!
http://mmcoach.blog.drecom.jp/

・ひろさん(七倉 廣香さん)
コーチ友達。おしゃべりの相手してくれてありがとう!交換セッションありがとう!
http://www.coachaqua.com/

・コーチのMikiさん
あったかいメッセージをたくさんくださいました!ありがとう!
Mikiさんはただいま認定資格取得コース中。
そのコースの課題として、コーチングセッションの時間数が必要なのです。
若者が夢に向かうのを応援したい方。
プロとして研鑽をおしまないコーチを応援したい方。
ぜひHPだけでもご覧ください↓
http://mikicoach.okoshi-yasu.com/


・波動療法の小窪・荒島先生
サイキックな能力を誇るヒーラーさまです。
緊急ヒーリング、ありがとうございました(感涙)
来週、札幌ワークでお会いできるの楽しみにしています。
http://tamaho.seesaa.net/article/77306463.html東京在住ながら、日本全国に呼ばれてワークや個人セッションをされてますよ!
一度お問い合わせを。
 TEL    090-1263-6171(治療院) 
 E-MAIL y_aishin_hk@xrh.biglobe.ne.jp    

   
     ・
     ・
     ・

  

あーもう書ききれません


コメントくださった皆さん、メールやメッセージくださった皆さん、読んでくださった皆さん、声を掛けてくださった皆さん、見守っていてくださった皆さん、私の周りにいてくださる皆さん、本当に本当にありがとうございました


皆さんも、つらいとき、一人で耐えてないで助けを求めてくださいね。



ここ一ヶ月ほどのつらかった経験を振り返ってみて思うのですが。

複数回の緊急SOSを出し、たくさんの方々にこうして支えていただくことこそが、

   ミスリルの鎧を手に入れたということ

か、と。




つまり。

「この人しか信用できない」と思いこんだ相手にのみ弱みを見せ、べったりともたれかかるように相談に乗ってもらったり助けてもらうのではなく。

信頼できる安全ネットのような、支え合える関係を持っている、ということ。

気軽にSOSが出せる、ということ。

それが「簡単に打撃を受けない」ということであり「自分自身を守る力を手に入れた」ということなのではないか、と。




       □ ☆ □




私もまた、コーチングやタロット占いで、皆さんのお役に立てるかと思います。

お試し体験コーチングは30分間無料

そして単発コーチングや特別割引制度など、柔軟に皆さんのSOSに対応できるような態勢を取ってます。

私のコーチングは、今回私自身が乗り越えたような感情の危機にも寄り添うのが大きな特長の一つだと思ってますので、苦しんでらっしゃる方は気軽にお声を掛けてくださいね。


受け取ったペイフォワードは、先に回していかないといけませんから。

私にその機会を与えてくださいませ。

詳細はサイトからどうぞ↓
http://sprtcoach.com/


posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

愛はまちがわない。ただ・・・

2008年9月2日(火)


■タイトル

愛はまちがわない。ただ・・・


■本文


私の敬愛してやまない心の師匠、かめおかゆみこさんが、「愛はまちがわない。ただ、…」というブログを書かれていました。

「愛はまちがわない、ただ、方法をまちがうだけ」と。
http://plaza.rakuten.co.jp:80/kamewasa/diary/200808310000/

 ※かめおかゆみこさん
 http://kamewaza.com/


素晴らしい記事でした。
いろいろ、考えさせられました。

そこから、触発されて思い出したこと。



私は「言霊」「音魂」というのはある、と考えているのですが。

「音」が表す意味、というのがありますよね。

「m」音が、世界中のどの言語でも「母」を意味す言葉と結びついている、とか。

「n」音は「否定」を意味する言葉と結びついてますし。

ちなみに、「肯定」は「d」音だそうです。



では「ai」は?

「人と人が出会って、関わり合い、感情が動く」。

それらの現象をすべて表しているのではないか、と私は思うのです。

「愛」は「哀」、「会い」、「遭い」、「合い」。

そして"I"でもあり、"eye"でもあり。

イタリア語では「アイ」は痛みを意味する言葉だとか。

ずいぶん以前、TVでやっていた外国語の演劇では、悲嘆を表す間投詞が「アーイー!」でした。
たぶん、ギリシャのものだったと思うのですが。

中国語でも「アイー」は驚きを表す間投詞ですよね。




人と人が出会い、感情が動く。

それがすべて「愛」なのだと思います。

痛みや悲嘆や驚きさえも。

そしてたぶん、怒りや憎しみさえも。



今年の5月末、ふたこさんの第一回「ネイティブアメリカンサバイバル合宿」で。

夜、講師のふたこさんの指示に従い、私たち参加者はひとりひとり、誰とも口を利かず、静かに街灯のひとつもない戸外に散りました。

20分間の夜の自然の中での瞑想のために。



私はひとり、芝生の上に横になり、満点の星空を眺めていました。


「Full of love」


瞑想中、ふいにそんな言葉が頭に浮かびました。


   Full of love、Full of love、Full of love、、、、


   世界は愛に満ちている。




確かに、世界は憎悪やいさかい、ケンカ、暴力、犯罪、戦争などなどに満ちていって。

しかし、それらさえも、「愛」の形を変えたものなのだ。

人と人が出会わなければ、人が完全に世界で孤立していれば、起こらなかったこと。

出会って関わり合ったからこそ、起こったこと。



痛みや悲嘆や驚きさえも、愛なのだ。

怒りや憎しみさえも、愛なのだ。


「愛」は「哀」、「会い」、「遭い」、「合い」。

そして"I"、"eye"。

痛み、悲嘆、驚き。



私は、この春先、人間関係で手ひどく傷つき、苦悶する体験をしました。

 ※こちら参照
  「土石流に襲われてるかのようにつらかった2月」
  「怒りと憎しみの塊になってから戻ってきた(^^;」



5月末のその夜、まだその痛みの名残り、怒りや憎しみのなごりを抱えたままの状態でした。

そんな私に届いたメッセージ。


   Full of love、Full of love、Full of love、、、、


   世界は愛に満ちている。


   その苦痛、その怒り、その憎しみさえも、愛。

   世界は愛に満ちている。





「ああ・・・」と思いました。

「世界は愛に満ちていて、私もまた愛に満ちている」

「この激しい感情、これは本来愛だったもの。ただ表現方法を誤っているだけ」

自分を許し、(私を傷つけたと怒りを覚えずにいられなかった)相手を許しました。

自分自身と、相手を、イメージの中で抱きしめました。

涙があふれては頬を伝いました・・・


posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月01日

三次元の世界で肉体をまとって生きるということ


2008年4月3日(木)


■タイトル

肉体は、Joyful


■本文

2月3月は、人間関係の軋轢など、私にとってつらいことが続いたのですが。

その渦中にいるときに守護天使につらさを訴えていると、

「三次元の世界で肉体をまとって生きるということには、

どうしても

苦痛と孤独の牢獄の中で生きるという側面があります。」

というメッセージをもらいました。

すごいネガティブな表現になっちゃってますけど

地球で肉体を持って生きると、決して孤独からも苦痛からも逃れられないんでしょうね。

必ずついてくるもの。

受け入れるしかないもの。

わかっていて生まれてきたはずのもの。

だから、ガタガタ言うな、と(苦笑)。



そのメッセージ以来、私の中では

「魂が肉体という牢獄に入れられていて、その隙間から手を伸ばして他者の魂と触れあおうともがいている」

というイメージ図ができあがってました。


「肉体が邪魔をする」みたいな。

「身体があるせいで分断されていて孤独なんだ」みたいな。




そんな中、先週末は3つの講座・WS・公演に立て続けに出席したのですが。

面白いことにすべて、「身体を感じる」が目的になっているようなものでした。

なにも考えず、たまたま縁があったものを選んで出席することにした、みたいな感じだったのですが。



 ◎三つを通して期せずして学ぶことになったのは。

  「肉体で分断されているのではない。

  肉体こそが、他者と温かく触れあうためのよすがなのだ」

  ということ。


  少なくとも、この地上では。




29日(土)に出席した「昏睡状態・意識障害と関わる 〜コーマワークの要」では、「言葉を超えたコミュニケーション」を体感させていただきました。

昏睡状態にあるクライアントと、いかにして関わり合い、コミュニケーションを取るのか?

呼吸を合わせることで。
手を触れることで。
肌のぬくもりを介して。

と、やはり身体がよすがになるのですね。


有効なコミュニケーション手段である「言葉」、そして「感情の共感」。
それをあえて封じてしまったら、何が残るのか。

「存在」が「存在」を感じ、いつくしみあう体験が残りました。



ワークの中で昏睡状態のクライアント役を演じることになりました。

自分のすぐそばで、呼吸を合わせながら見守っていてくれるワーカー役さんの存在を、ふわりと伝わってくる肌のぬくもりと息づかいの気配を、ただただ感じていました。

他者の肉体の気配を感じ取ることのできる自分の身体感覚だけが、自分と世界をつないでくれていました。

身体がなければ、五感がなければ、宇宙の中で果てしなく孤立してしまう。。。



  ※講師のふたこわたるさん↓
  http://windshamanwf.blog34.fc2.com/

  ※今週末は東京でも講座されるそうです。
  遷延性意識障害・昏睡状態と関わる 東京 2008.4.5〜6
  http://windshamanwf.blog34.fc2.com/blog-entry-13.html



翌30日(日)は、「アレクサンダー・テクニーク第3回札幌ワークショップ」に参加させていただきました。

アレクサンダー・テクニークってご存じですか?
ものすごく面白かったです!

私の受けた印象は、「エーテル体を三次元の身体にしっくりとはめなおすためのワーク」でした。

ありのままの、事実としての、骨格、関節、筋肉を正しく認識しなおす。

誤って持ってしまった身体への思いこみ・イメージをただすことができると、「生きる」というパフォーマンスを効率的に上げていくことができる。

そういうことだと思いました。

当日の参加者さんが、演奏家、アーティスト、アスリートという面々だったのもすごい新鮮。

そしてその皆さんが、手に手に"マイ「解剖学」の本"を持って参加されていたのも新鮮。



精神(魂)の世界への発露が「表現」。

そしてそこに「肉体」が介在する。

表現者であるためには、「肉体」にしっくりはまりこみ使いこなしている、っていうのがとっても大切なことなんですね。
しみじみ。



    ※講師のかわかみひろひこさん
    http://www.alexanderdiscovery.jp/

    プロ・アマチュアの弦楽奏者・ピアニスト・打楽器奏者・
    声楽家を中心に音楽家への指導経験が豊富なんだそうです。
    さすが。

    普段は横浜で活動されてるとか。
    札幌にも定期的にいらっしゃるみたいですよ!



そして、30日(日)の夜は、ゴスペルのコンサートに行ってまいりました!!

  ※Easter Gospel Live 2008 byニューホープ札幌ゴスペルチーム
   http://www.newhopesapporo.net/gospel/index.html

マイミク、サト@さんとご一緒でき、とっても楽しかったです!
今回が初対面だったんですが、そうとは思えないほど話が弾みました。
音楽好きということで、「のだめ」の話でも盛り上がりました〜

コンサート中も、ふたりでノリノリ。

音楽、歌、踊り、それらも「身体を介して世界と関わる」ってことですよね?

精神だけでは決してできない楽しみ方、喜びの分かち合い方、表現方法。



◎週末の三つのイベントを通して得た結論。


  肉体は、Joyful ですよね。



肉体を「孤独と苦痛の独房」と見ることも可能かもしれないけど(そういう側面はどうしようもなくあるのかもしれないんだけど)、

どうせならばもっとポジティブな側面に注目していきたい。


  魂が三次元の世界で活躍するためには必要不可欠なモビルスーツ。

  歓喜や感動や愛をそれを通して得ることができる、母なる大地に属する温かくしなやかな生命の乗り物。

 
  他者と歓びと温もりを分かち合い、世界にアートを表現していくもの。
 


      □ ☆ □



それが、不思議なご縁なのですが、「コーマワーク」のふたこさんと「アレクサンダー・テクニック」のひろひこさんはお知り合いなんですよ。

別々なところでご縁ができたんですが。
こんな偶然もあるんですね〜。

お二人は、ネイティブアメリカンのサバイバル技術体験講座でご一緒されたんだそうです

やっぱり「身体丸ごとで大自然の中!」路線なんですね〜

posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

怒り続けていてもいい

2008年10月29日(水)


■タイトル

怒り続けていてもいい


■本文

◎最近の気づき。



私は怒り続けていい。

許さなきゃ、いつまでも怒ってちゃいけない、なんとも思わなくならなきゃ、って自分を責めてなくてよかった。

私は怒り続けていてよかった!!



もちろん、それは特定の個々の出来事や個々人に対して怒るんじゃない。

怒りの次元をワンランクアップするんだ。

背景に対して怒れ。




私は幸せな家庭で愛に包まれて育つことができなかった。

そのことに対して怒りつづけていい。

でもそれは不仲だった両親を責めるんじゃない。

両親に向かって怒るんじゃない。


背景に対して怒るんだ。


なぜ、両親はコミュニケーション下手だったのか?

なぜ両親は自分の作った家庭を温かく愛に満ちたものに保つことができなかったのか?



彼らもまた、ひどく傷ついていたからだ。

幼い頃に、日本が戦争していたからだ。

父親を戦争に取られ、ろくに食べるものもなく・・・。

彼ら自身が、愛と安心感に満ちた温かい家庭を奪われていたからだ。



なぜ、私の両親は幸せな子ども時代を奪われなければならなかったのか?


私はそこに対して怒りつづけていい。



私はすべての

「愛と安心感に満ちた温かい家庭を奪われた子ども達」

「幸せな子ども時代を奪われた子ども達」

のために、怒り続けよう。





異質な存在として、排斥され続け、排除されつづけ、否定されつづけた。

私にはそういう怒りがある。

前世なのか、魔女狩りの記憶がある。

今生では、イジメの記憶。


なぜ、異質だからといって排斥されねばならなかったのか?

なぜ、違いが尊重されない社会なのか?

私はそこに対して怒りつづけていていい。

許さなくてもいい。



私は、怒りの次元を、ひとつ引き上げる。

次元の高い怒りを燃やし続ける。

そうすれば、「怒り続ける自分」を肯定し、受け入れることができる。



自己否定から自己受容へ。

感情を否定するのではなく、その奥の感情に目を向け、次元アップを試みればよかったのだ。


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