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2008年04月26日

その1 私は声が出なかった(場面緘黙症だった記憶)

私は子どもの頃、幼稚園でも学校でも、話せませんでした。

無理をすれば、かすかな裏声なら出すことができました。

先生に何か質問されたときなど、逃げられない時は、

裏声を使って絞り出すように返事していました。


  怖かったのです。

  ものすごく怖かった。



身体もまた、動かせませんでした。


高いところから下を見下ろしたとき、身体ってこわばりますよね。

あの感じが、家の外に居る間中続きました。

 常に、怖い。

 常に、不安。

外では、一箇所にじーっと、立ちすくみ続けていました。

幼稚園では、ホールの隅で、身体を丸めてうずくまり続けていました。

小学校では、自分の席で、朝登校してから夕方下校するまで、

うつむいたままただ座り続けていました。

誰ともしゃべらず、誰とも遊ばず。

トイレに行ったり教室移動したりする必要最小限以外、動きませんでした。

幼稚園の3年間(三年保育だったので^^)、小学校の6年間、ずっと。

ひたすら、固まり続けていました。


  怖かった怖かった怖かった。

  キケンキケンキケン。


今でもよくあの感覚を覚えています。


  身体がこわばる。

  激しい緊張。

  特に背中、腕、首筋。

  凍り付く感じ。

  のどがつまる。

  声帯が狭まる。

  声が出ない。


必要に迫られて、声を絞り出す。

身体のどこも響かせていない、のどだけで発声するか細い裏声で、

なんとか意思の疎通をする。



激しい自己否定。

  私はここにふさわしくない。

  私はここで認められていない。

  私が私であることがばれたら、追い出されるだろう。

  私は自分らしさを隠し通さなければならない。



そして、その信念を裏付けるように、

友達など一人もできず、いじめられ続けました。

意識が現実を作る、という一つの証明ですよね(^^)

私が「きっと受け入れてもらえない」と信じて

心を閉ざし殻に閉じこもったままだったので、その通りになった。


話もせず笑いもせず動きさえしない子どもに、友達ができるはずもなく。


子どもたちが、自分より弱い立場の子どもには攻撃的になるというのは、

自然な行動特性ですよね。


それが存分に発揮され、私はかっこうのイジメのターゲットでした。


苦痛でした。

毎日毎日が、苦痛でした。

「子どもってみんな無邪気で天真爛漫」みたいな言い方が私は好きじゃありません。

私は無邪気でも天真爛漫でもなかった。

子どもでしたが。

二歳の頃から記憶がありますが、ずっとそんな感じだった。

 (家の中や、家の近くの慣れた場所できょうだいで遊んでる時は、
  笑ったりしゃべったりいたずらしたり走り回ったりする
  普通の子どもだったのですが。)


今、本当に長い間の紆余曲折と努力が実り、

人生の中で一番無邪気で天真爛漫に振る舞えている気がします。

子ども時代より、今の私の方がずっと自由で、ずっと伸び伸びしている。

あの、自分に対する激しい否定の声が聞こえなくなりました。

  「何をやってもダメだ」

  「誰もお前を受け入れないだろう」

  「黙って邪魔にならないように引っ込んでいろ」

  「お前の存在は迷惑なのだ」

という自己評価から、やっと自由になりました。


  今、私の表情は柔らかい。

  今、私の身体は柔らかい。

  今、私の声は深く、力強い。


私は、自信を持って自分を表現する。

そして、周囲はそれを温かく受け入れてくれるという信頼を持てている。

実際、「共感しました」「そういうの素敵だと思う」と返してくれる人たちに、

今、囲まれている(^^)



ここに来るまで、私は本当に努力しました。

自分では、「血のにじむような努力」だったと感じています(^^;

「対人恐怖との闘いの半生」だったと(←大げさ?^^)。



小学校の頃の思い出で、忘れられないのが・・・(続く)



posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 16:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 私は声が出なかった(対人恐怖症の記録) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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