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2008年04月26日

その8/完結編 私は声が出なかった(場面緘黙症だった記憶)

【私は声が出なかった(場面緘黙症だった記憶)その8・完結編】

竹内敏晴先生のワークショップを体験して、

  声が人に届くかどうかは音声の大小には関係ないこと、

  いくら声が大きくても、「この人と関わりたい」という思いのこもってない声は身体の横をスルーしていくこと、

などを知ったことは、大きな収穫でした。


いえ、声が大きければ鼓膜には響くのですが、「胸」や「骨」を震わせないのですね。

工事現場の騒音のように、「他人事」として頭の上を素通りしてしまう。

逆に、声が小さくても、「あなたとコミュニケートしたい」という真剣さがある声は、まっすぐに届くのです。

身体の中心に。

たとえ工事現場の騒音の中でささやかれたとしても。

そういう経験って、ありますよね。

人ごみの雑踏の中でかすかに呼ばれたときに、はっと振り向いた経験が。




また、「エネルギー体」としての「声」、

実体と質量を持ち、周囲に影響を与えることのできる「声」への興味と関心が芽生えました。

『声』というものを、そういう目で見ると、本当に面白いのです。



  「この人の声は口を出たとたんにぼたぼたと床に落ちてしまっていて、誰にも届いていないようだ」

  「今の声は確かに私の胸を打った。まっすぐに、まるでしなやかなムチのように。」

  「今の一声にはすごくエネルギーがこもっていたので、だから会場が一瞬で静まり返った」



日々、声そのものの持つ質感や、声の影響力を面白く観察するようになりました。

「声」の持つ力を実感した印象的な事件を三つほど書いてみますね。



◎乗馬体験教室での経験。

私は乗馬に憧れがあり、体験教室に出てみたことが数回あったのですが、馬が言うことを聞くかどうか、が「どんな声を出すか」によっていることに気がつきました。

お腹から出る確信に満ちた声には馬は反応するが、細くて弱々しい、自信なさげな声は聞き流される。

このときにも声の力を感じました。

動物は、言葉の意味ではなく、声のエネルギーで「自分に何かを伝えようとしているのかどうか」を判断するのでしょうね。



◎子育て中のこんな経験。

長男がヨチヨチ歩きの頃、散歩中私の手を振り払い、まっすぐ車道に向かって走り始めたことがありました。

ちょうどトラックが通りかかった車道へと駆けていくわが子の背へ向かって自分の中からほとばしりだした「だめ!」の叫び。

すぐに駆け寄って腕をつかみながら、「本気で相手に届けたい、という意図の明確な声」を発する感覚をかみしめました。


エネルギーの塊として身体の奥からせりあがり、対象物に向かって真っ直ぐ飛ぶのが見えるような、そんな、声。

声を出した、というより、ドラゴンボールのカメハメ波を発してぶつけたような、ずっしりした手ごたえを感じました。





◎義父の臨終の床で。

夫との交際中に、夫(まだ婚約者でしたが)の父が倒れ、そのまま危篤状態になりました。

私も婚約者として、彼に連れられ病院に駆けつけました。

胸を痛めながら回復を祈ってはいましたが、お会いするのもこれが初めてという遠い存在の方であり、感情は特に波立っていませんでした。

病室に入り、こん睡状態の義父の姿を目にしても、淡々とした沈痛さに厳粛さが加わったくらいでした。


夫はまっすぐ父親の傍らに向かい、その手を取り、ただ一言「お父ちゃん!」と呼びかけました。





その声を聞いたとたん、

まるでスイッチでも押されたかのように、

私の全身は悲しみの奔流に飲み込まれ、

涙がとめどなくあふれてきたのです。




その声に、深く動かされたのです。


万感の想いのこもった声でした。

それは、親を喪おうとしている子の声そのものでした。

天国に旅立とうとしている魂を呼び止めようと、

身体の奥から自然とほとばしり出た声、

置いていかれる者の愛惜の声。


短い、たった一言の「お父ちゃん!」に、胸をわしづかみにされ、強い感情を呼び起こされたのです。


この経験はとても感動的で、そして深く考えさせられるものでした。


「声」の持つ力。

「声」はただの空気の振動ではない。

「声」の持つ可能性。

「声」に乗せることのできる情報量の多さ。





これらの経験から、

人の心の中の思いは、たとえ言葉にならなくても、声に乗せて人の胸にまっすぐ届けることができるのだ、と思うのです。

いうなれば、人の胸から胸、人の心から心へ、声が想いをまっすぐに届ける。

頭を介さず、言葉も必要とせず。


目に見えず、言葉にすると薄っぺらくなってしまう万感の想いは、

声に乗って、人に届く。

胸に。

まっすぐ。

頭を介さず。




本気かどうか、どんな想いがうずまいているかどうか、真剣かどうか。

あなたの覚悟、あなたの相手への向き合い方の姿勢はそのまま声に現れる。


だから私はセラピスト開業独立サポート講座の中にボイストレーニングを組み込んだのです。


「いらっしゃいませ」という瞬間、

「今日はどうされたのですか?」とたずねる瞬間、

あなたの中にもし揺らぎや自信のなさがあれば、伝わってしまうのです。

「それはつらかったでしょうね」という言葉に、真の共感がこもっているかどうか、ばれてしまうのです。


逆に、うまい言葉が出てこなくても、

短く「まあ」「そう」「ええ」というだけで、

本気で共感してくれていることが、相手にはちゃんと伝わるのです。




私は場面緘黙で悩みました。

少しでも緊張すると声が出ないという症状に、長く苦しんだんです。

だから、「声」という存在に敏感になりました。

そこで気が付いた「声」の持つ豊かな可能性。

「声」に敏感になったことが、今のお仕事にとても役に立っているのです。

本気の声をこちらが出せば、クライアントさんも、本気になってくれる。

本気で関わりたい想いを挨拶の声に乗せれば、クライアントさんもスムーズに心を開いてくれる。



それから、クライアントさんの状態も、声でわかります。

言葉では「わかりました」「だいじょうぶです」と言っていても、

それが本当かどうかは声でわかります。

というか、声でしかわかりません。


「こんにちは」「どうぞよろしくお願いします」という挨拶の時点で、

クライアントさんがどんな気分、どんな状態なのかを把握することができます。

立て板に水のようによどみなく話しているクライアントさんの

一瞬の迷い、一瞬のためらい、に気づくのも、手がかりは「声」です。





私は、「声を大切にするコーチ」、「声にこだわるコーチ」です。

私に、あなたの声を聞かせてください。

あなたの、本当の声を聞かせてほしい。


/完



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posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 私は声が出なかった(対人恐怖症の記録) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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