こちらではこんなコラムが読めます。

 ・いじめられっ子からの乗り越えストーリー  ・ネガティブを抱えて生きる象徴「キノコ荘物語」

 ・私のコーチングに対する想い/私のコーチングスタイルの特長など

 ・インナーチャイルドの癒しの旅  ・自分史:夫との出会い  ・魂に響く絵本・児童文学  ・自分史:占い師への道  ・過去生の記憶(魔女狩りの記憶 他)  ・私は声が出なかった(場面緘黙症だった記憶)  ・おすすめセラピー・ワークショップ・講座など  ・私の年表

 ・怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える

【珠帆美汐のサイト、ブログ、各種サービスなど】   banner.jpgホームページ「スピリチュアルコーチング

アメブロ \ フェイスブック \ ツイッター\ 魂の成長を促すタロット講座(たまタロ) \魂の成長を促すコーチ養成講座 \   ライトワーカー応援サイト「珠帆印」 \ 現実を動かす7ヶ月間グループセッション〜セラサポ

2007年07月08日

信頼って、なに?その2(2005年7月の日記より)

ローズ大ハッピーさんのヒプノで出てきたのは、みなしごになってしまった過去生でした。

以前にもちらりと出てきたことのある過去生です。

それが、より一層細かく詳しく出てきました。




5歳か6歳くらいの女の子。

のどかな農村で、お母さんとおばあちゃんと幼い弟とで、とても幸せに暮らしている。

お父さんの姿は出てこなかった。

居なかったのかもしれない。

そのせいか、お母さんから「お姉ちゃん」としてすごーーく頼られ、必要とされて、とても張り切っている。

張り切ってお手伝いをし、進んで弟の面倒を見ている。

お母さんから「お前が居なかったらどうなっていたやら」というような言葉をいっぱいもらって、すごく誇らしい。

必要とされ、愛されて、とても幸せだった毎日。




そんな平凡で満ち足りたある日、山に薪を集めに行った。

帰って来てみると・・・





村がなかった。




土石流? 土砂崩れ? 地震?




なにか、そのような自然災害のせいで、村が、壊滅していた。





女の子は一人ぼっちで、取り残されてしまった。






大好きなお母さんを、かわいい愛しい弟を、優しく温かいおばあちゃんを、泣き叫びながら探し回る。


引き裂かれそうな絶望と恐怖。


打ちのめされる圧倒的な孤独。


一人おめおめと生き残ってしまった自責の念。


誰一人守れず救えなかった罪悪感。




そして、怒り。

強烈な、怒り。

裏切られ感。




「家族なんだもの、いつも一緒だよ」

「大好きだよ、絶対に離さないよ」

「何があっても一緒にいようね」



お母さんはいつもそう囁いてくれていた。




守れない約束なんかしないでよ!


私を置いて行かないでよ!


約束が違うよ!


全部、嘘じゃん!


お母さん!お母さん!お母さん!






ローズさんが、「本当にお母さんはあなたを裏切ったのでしょうか。嘘をついたのでしょうか」と問いかけてくれる。





「嘘じゃないなら・・・裏切ったわけじゃないなら・・・



私がみんなのところに行かなければ!


みんな、待ってるから!


私を探してるから!


淋しがってるから!」





最初、つぶやくような低い声だったのに、途中からこみ上げてくるものがあり、最後は悲鳴のような声で号泣。





身近な人との絆にも、世界へも、すぐに信頼が揺らいでしまうのは、この記憶のせいだったんですね。




大切な大切な家族だって いつ喪ってしまうかわからない。

私を置いて天に召されていくのは今日かもしれない、明日かもしれない。

今日、外出先から帰宅したら家がないかもしれない。

さっきまであった村が、一瞬あとには跡形も無いかもしれない。

家族も、友達も、村も、世界も、確かなものなんて、何一つ無い。

それは、どうしようもない事実。

そんな中、私は何を信じて生きればいい?



私の住んでいる世界というものの危うさ、もろさ。

世界の構成要素は、信頼して寄りかかるには、あまりにもはかない。





ヒプノセラピーセッションは、ハイヤーセルフに出てきてもらって、「それでも人を信じ続けなさい」という言葉をもらって、終わりました。


そのときはスッキリしたと感じたんだけど、まだまだ残っているものがありました。




この階段は、足を置いたら崩れるかもしれない。

そう感じてしまったら、もうその階段を登れない。


この人は、いつ居なくなるかわからない。

そう思ってしまったら、もう 人に心を預けられない。



さみしいさみしいさみしいさみしい




何をしていても涙があふれてきます。

7/13のコーチングの資格試験の本番も、ティッシュで鼻をかみながら、目の周りを真っ赤にしながらの受験でした(^^;



でも、その夜、私は私なりの答えを、私なりの光を、とうとう見つけたのです。




      □ ☆ □




5歳頃に天災に遭い、家族も家も、それどころか住み慣れた村全体を失って孤児になってしまった過去生の記憶(かもしれないイメージ^^)をヒプノセラピーで思い出しました。


その記憶とダブる思い出があります。



私が5歳の頃、父と不仲だった母は、家出を計画します。

でも、子どもの数が多かったので、全員を連れて出るわけにはいかない。

「あんたは置いていく」と私は面と向かって母から宣告されました。




茶の間の奥の部屋の、本棚の前でのことでした。

私は立っており、母は正座してました。

正面から私の顔をのぞきこみ、「**(妹の名)はまだ赤ちゃんやし、**(弟の名)は甘えんぼやし、連れていかなしょうがない。あんたはママがおらんでも大丈夫やろ? な?」と。



今でもありありとおぼえています。

幼い私にとって、目の前が真っ暗になるような衝撃だったことも。

それでも、泣くでもなく駄々をこねるでもなく、黙ってうなずくしかなかったことも。



結局、母は家出を断念しました。

でも、次の朝、弟や妹の服はいつものタンスの引き出しの中にはありませんでした。

母はトランクの中から着替えを取り出し、妹や弟に着せていました。





私の服は、いつも通り、タンスの引き出しの中に入ったままでした・・・






この、母から「要らない子」として選ばれ、「あんたを捨てる」と宣告された思い出は幼い私には重すぎ、ずいぶん長い間封印されていました。


中学生のとき、フロイトと出会い、深層心理とか抑圧などの言葉を知った私は、当時のあまりの生きづらさの理由を解明するために、自己分析に没頭し、その過程でこの記憶の封印を解きました・・・



こんなにもありありと細かいところまで覚えているのに、それまで意識の表面には決して上らせないようにしてきた自分の心理機能。

あまりにつらくて、受け容れがたいから。

自分が崩壊しそうになるから。




涙をこぼさずにこの記憶について思い出せるようになったのは、ここ数年のことです。




母は、とても愛情深い人でした。(今もそうですが。)

子どものことを溺愛する、どちらかと言えば過保護・過干渉の人でした。

私に対しても、抱きしめたりほお擦りしたりチュウしたり(^^)、大好きとか宝物とか、たくさんの言葉をくれました。




そんな母が私を要らないと言うならば、一体どこの誰が私を愛するだろう?

そんな母が私を捨てようとするならば、いったい誰を信じられるだろう?

母のように、どんな人も必ずいつか手のひらを返すのだろうか。

耳に心地良い言葉をくれる人に限って、いつか手ひどく裏切るのだろうか。




「天災で孤児になった過去世」の記憶は、この実際の記憶を「例えて言えばこんな衝撃」とノベライズしたものなのかもしれません。


私にとって、それまで慣れ親しんでいた世界が崩壊してしまうようなインパクトんだよ、ということを物語として表現する・・・。





もう何も信じられない、もう誰も愛さない、みんな嘘つきだ、みんな裏切り者だ。




なんで私を置いて行くの?

本当に私が母親やきょうだいを失って平気だと思うの?




大人になった私も、身近な人を失いそうになることに耐えられない。

自分の全存在を否定されたように感じてしまう。

世界が崩壊してしまうように感じてしまう。



その秘密はこの記憶の痛みにあるんでしょうね。




母は結局、家を出なかったのですが。

私のために、不幸な結婚生活に踏みとどまってくれたのですが。

私はそれほど愛されていたのですが。

母が自分の人生を捧げてくれるほどに。

posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 03:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去生の記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
banner.jpgホームページ「スピリチュアルコーチング」はこちら!
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。