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2007年05月31日

インナーチャイルドとバーストラウマ(2006.814の日記より)

昨日、ひとりブリージングをしてました〜。



ここのところ、怒濤の学びに襲われていて。

かなり混乱していて。

先日、とうとうブルーウィンズの真美さんのところへ、

助けを求めて行ってきたところなんです。




で、はっきりしたこと。

私が苦しんだり揺らいだりしている根っこは一つ。

傷ついたインナーチャイルド。


真美さんの誘導でライトブリージングをし、

幼い頃、母に甘えることをあきらめてしまった感覚を思い出し、

号泣してきました。


たくさんの子ども、祖父母とも同居で多忙な母、

不幸な結婚生活で消耗しきった母。


どちらかと言えば私が母のカウンセラー役を果たしていたくらいです。

とても甘えられませんでした。



幼い頃に母親との幸福な一体感、絶対的な安心感を得られなかった。

そこを求めることを、

「無理だ」「不可能だ」「仕方がないんだ」とあきらめ、封印してきた。



そこが、私の根強い寂しさの元になっているようです。



「温もり」も「一体感」も「安心感」も、

この世では決して得られないのだ、と幼い頃にあきらめてしまった。


どんなに欲しくても、どんなに渇望しても、

決して決して手にはいることがないのだ、と。


「一体感を伴う安心感」や、

「愛し愛されているという確信と温もり」などを、

私は絶望と共に、自分に禁じてしまった。


 ※最初にこの「あきらめ」と「封印」に気づいたのは、
  旭川波動ワークショップだったのですが。
  またその話も書きたい!



その寂しさと諦念に焦点を当て、いっぱい泣いて来ました。

本当は、あきらめなくてもいいんですよね。

本当は既に手にしている。

だって、私には愛する夫と子ども達がいる。

この理不尽なあきらめを手放し、

私は既に満たされていることを受け入れます!



でも、まだ親玉が出てないね、って

セッションが終わってから真美さんに言われちゃいました。


多分、バーストラウマが親玉だね、って。



私が母のお腹にいたとき、母は不幸でした。

色んな複雑な家庭の事情に、翻弄されている最中でした。

胎児の私が、その状況にとても胸を痛めて、

「生まれたくない」と強く願っていたことを、

以前、りり&ririさんのヒプノで思い出したことがあります。

「生まれたら、母に迷惑をかけることになってしまう」と。




そのときのトラウマを、しっかり癒せば、

すごくパワフルに力強くなれるのにね、と。

ちょっとやそっとじゃ揺らがなくなれるよ、と。



ぜひまた真美さんのブリージングを受けて、

しっかりと根っこから自分を癒したいのですが、

昨日、ぽかりと空いてしまった時間を利用して、

見よう見まねで「一人ブリージング」に挑戦していたのです(^^)


出てきたのは、

 
  「私は災厄じゃない!」


という強い悲しみでした。


私は、誕生を、「待ちこがれた良きもの」として、受け止められたかった(;;)

私は、喜びと共に、迎えられたかった。

私は「忌むべき災厄」なんかじゃなかった。

私は本来、「喜び」であり、「福音」であり、「祝福」であったはずなのに。

そんな“良きもの”“幸いなるもの”として、天から降りてきたはずだったのに。



私は不幸の象徴か?

私は負担と迷惑の権化か?

私はお荷物か?

私は厄介者か?



私は、大好きな母に、喜びと共に抱きとめられたかった!



一人で、ぽろぽろぽろぽろ泣きました。

  「私は災厄なんかじゃなかったのに! 

   私は喜びだったはずなのに!」

と一人つぶやきながら、泣いていました。




私は、「恋愛至上主義」なところがあります(^^;

ちょっと「恋愛依存症」っぽい傾向があるのです。

その理由が、少し見えた気がしました。



私は、求められたいんです。

私は、自分を待ち望み、強く求めてくれる人が、欲しい。

私を見たときに、パッと顔を輝かせてくれる人が欲しい。

私が電話した、メールした、と言っていちいち喜んでくれる人が欲しい。


私のことを、「待ちこがれた良きもの」と見なしてくれる人がほしい。

私のことを、喜びと共に迎えてくれる人。

私のことを、「喜び」、「福音」、「祝福」であるかのように扱ってくれる存在。



幸せな家庭を築いていても、

やっぱり恋愛初期のあの狂おしいほどの情熱が欲しくなります(^^;

「会いたい」と言われたい、「声が聞きたい」って言われたい。

恋愛初期の頃の熱烈に求められる体験をもう一度!って思ってしまう(^^;


そんな自分がすごく謎で、ちょっと恥ずかしかったんですけど、

その原因が少し見えました。


誕生を純粋に喜んでもらえなかった、という心の傷からの強迫行為なんだなあ、って。


待ち望まれたい。待ちこがれられたい。

私がここに来たことを情熱的に喜んで歓迎して欲しい。

その望みを、変形した形で、叶えようとしていたのですね。


ちょっと切ないです(;;)


気づいたからには、乗り越えるよ!

ネガティブな影響から、自由になりたい。

心底、そう望みます。


私は本来、「喜び」であり、「福音」であり、「祝福」です。

そんな“良きもの”“幸いなるもの”として、天から降りてきました。


そこに、なんの証明もいりません。

誰かから保証してもらわなくても、私の価値は揺らぎません。

それを認め、受け入れます。

強迫的な証明渇望を、手放します。
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | インナーチャイルドの癒やし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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