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2007年05月20日

自分史:夫との出会い その5

距離の壁に阻まれた私たちがつきあうことになったきっかけは、私の北海道訪問でした。








私は『金髪の日本人さん』と出会って別れた10日後くらいに日本に帰国しました。

2月末か、3月初めの頃でした。



帰国してすぐ、絵葉書を彼に送りました。

速攻で返事が来ました。

約束どおり、板門店で写した写真を何枚もプリントして送ってくれてました。

「やっぱり親切!」またまた目がハートになる私でした(^^)




それから、私はときどき手紙を書きました。

彼は必ず、すぐに返事をくれました。内容は男の人らしいぶっきらぼうな調子でしたが・・・。

やっぱり親切(^^)

でもちょっと素っ気ないかも(苦笑)



(あの頃もうメールなんてものがあったらどうだったんでしょうねー。。。

あ、携帯もPCも、メール機能を一切使いこなせてないうちのダンナ様だから、もしメールがあっても使えてないかも!^^;)




でもいくらなんでも、旅先で一日一緒に行動しただけ、しかも相手からは全然プッシュしてくれる気配はない、そんな状況の男性とまさかお付き合いできるとはとても思えませんよね。

それに連載初回に書いたとおり、倦怠期とはいえちゃんとステディな彼氏がいた私。


帰国直後はポーーーッとしてたものの、日常に紛れてすっかりあきらめがついてしまいました。




さて、時は流れ、夏が近づいてきました。

「さて今年の夏はどこに旅行に行こうか?」

「そうだ、友達誘って北海道に行こう! “金髪の日本人さん”という知り合いもできたことだし、どこか案内してもらえたりするかも!」


そんな短絡的な思考回路で、私は北海道旅行を計画。

もちろん、『金髪の日本人さん』との再会にはおおいに期待していました。

でも、自分に自信もないし、彼の方は特に私のことをなんとも思ってないみたいだし、私には一応BFがいるし、「あの人とどうにかなりたい!」なんて野望は抱いていませんでした(^^;


ただ北海道旅行を楽しんで、彼とも再会を楽しんで、これからも末永いお友達でいれる基盤を作ろう。

そんな気分でした。



「世界旅行研究会」なんてサークルに入っていたおかげで、旅好きな友達には事欠かず、すぐに北海道旅行の相手は決まりました。

(一人旅大好きな私ですが、さすがに一人暮らしの男性のところにいきなり一人旅で訪れるわけにはいかない、という良識が働きまして・・・^^;)



『金髪の日本人さん』に「この夏、友達と北海道に旅行に行こうと思うんですが、遊びに行ってもいいですか」と手紙に書くと、「ぜひぜひ来て下さい、一緒に酒でも飲みましょう」という返事が来ました。


「行くぞ!」と気合の入った私。

でもいかんせん学生の身、旅費が足りません。

友人(もちろん女の子です)と二人で決めた作戦。

それは






ヒッチハイク!





そのちょうど前年に、やはり野宿&ヒッチハイクを多用した貧乏旅行で北海道を訪れているので、その二つの旅行の思い出が混じってしまい、詳細を思い出せません(^^;


一つだけよく覚えているのが、大型トラックをヒッチして津軽海峡までたどり着いたものの、青函連絡船に乗るお金がなく、トラックの助手席に隠れたまま青函連絡船に乗り込んだこと。

(当時、青函トンネル開通直後でしたが、トラックが青函トンネルを通れるわけもなく。

ということは、今でも青函連絡船はあるんでしょうか?

車両運搬の手段として。)



友人と二人、無事乗り込めたことに安堵して、船内でそーーーっと車から降り立ちました。

すると突然、「ちょっと!そこの二人!」と若い乗務員さんに呼び止められてしまったのです!



 無銭乗船が見つかった?!

 絶体絶命の危機!


  ・

  ・

  ・


ところが、その若い乗務員さんは

  「わかってる、お金がないんでしょう?

   それはいいから。

   でも、もしこの船になにかあったときのために、

   乗船簿に名前と住所を書かせて。

   お金のことは心配しなくてもいいから。」


と・・・。



世の中にこんなに親切でこんなにもののわかった大人っているんだ、と思いました(^^)

船に万が一ことがあったときに、名簿に名前がなかったら、救助から漏れるかもしれない。

無縁仏になってしまって、遺族に連絡が行かないかもしれない。

それを心配してくださった、心にくい配慮でした。



そんな冒険を乗越えながら(^^;“金髪の日本人さん”の住む富良野に到着。


数ヶ月ぶりに再会する彼は、ド金髪もだいぶ落ち着いて、「明るい茶髪」程度になってました。

相変わらずおかっぱ頭でしたが(^^;


彼の案内で、アパートへ。




古ぼけた、家賃の安そうなアパートの、建てつけの悪いドアを「ギィーッ」と開けると、


  そこは


  ・

  ・

  ・



別世界でした!



修行していた家具工房で自作したという見事な手作り家具が並んでいます。

照明やカーペットやカーテン、内装の全てが、統一感があります。

お金はかかってないものの、すごくこだわって選んだのが伝わってくるものばかり・・・。

でしかもめちゃくちゃ片付いてる!

余計なものが何一つ無い。


   感動・・・・。





夕食も、次の日の朝食も、彼の手作りです。


彼が骨董品屋さんなどで見つけてきたというこだわりの食器にキレイに盛り付けられて出てきます。



???大感動!!!!


一旦あきらめがつきかけ、忘れかけていたトキメキがダッシュで戻って参りました!


彼のアパートには二泊だったか三泊だったかさせてもらったのですが、いっぱいいっぱいおしゃべりして、いっぱいいっぱい笑いました。

そう、彼のユーモアのセンスにもノックアウトされたかな(^^)


笑いの方向性が似ているんですね。

面白いと思うものが似ている。

冗談を言い合っていると時が立つのを忘れました(^^)

笑って笑って、お腹の皮がよじれました・・・




最後の夜、友人が寝てしまったあとも、私はいつまでも彼と話してました。

時が惜しかったんですね。

眠ってしまえば、朝が来るだけですから。

そして東京に向けて帰っちゃうだけですから。



・・・そして、その晩、とうとう成り行きで私は自分の気持ちを告げることになりました・・・

そして、彼もまた応じてくれました・・・





東京に帰ってすぐ、彼から届いた手紙には、「僕のパートナーになってください。結婚しましょう。」と書いてありました。


気持ちを確認しあった後、一通目の手紙ですよ?


驚いて「まさか熱しやすくて冷めやすいタイプなのでは?」と返事を書きました。

それに対し、

「僕は熱しやすく冷めにくいという、フライパンや鍋の素材に最適なタイプなんです」

という返事が(^^;



私はまだ21歳、まだ大学三年生でした。

「私が探していたのはこの人だ」という確信を持ちつつも、あまりに時期尚早で、お断りいたしました。



その後ずっと、「結婚しよう」攻撃は続きました。

「熱しやすく冷めにくいという、フライパンや鍋の素材に最適なタイプ」

という言葉は本当でした。



でも、当時、私にはつきあっているステディな彼氏がいたのです・・・


その6へ

posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 01:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 夫との出会い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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