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2007年05月20日

自分史:夫との出会い その2

その注文とは

・北海道で広い土地を買って暮らす

・家はダンナ様手作り

・馬も飼う

・ダンナ様は在宅で職人業に従事。子どもに働いている姿を日々見せる。

・家事育児はもちろん平等に分担。



親にこの私のビジョンを話すと、「アホ!職人いうのは昔かたぎなもんや。家事育児をやってくれるような人がおるかいな!」と一笑にふされました(^^;

それならそれで、結婚なんてしないまでよ、と思っていた私でした。


高校生くらいのとき、さすがに異性が気になり、恋に憧れるようになりました・・・そして、その時始めて、「もしかして、結婚って、“好きな人”とずっと一緒に居れるってことなの?!」と気づきました(遅いって^^;)。


それまで「人生の墓場」にしか見えなかった結婚が、はじめて夢のあるものに見えた瞬間でした・・・。


その頃、自分がひどい淋しがりやであることにも気づき、「籍を入れるにしても入れないにしても、誰かと一緒に暮らしたいな」と思い始めました・・・。


大学入学直後のGWに、初めてのBFができました。

とっても優しい人で、この人のおかげで親元を離れての下宿生活にスムーズに慣れることができました。

でも、どこか物足りなかった。

「私の探しているのはこの人ではない」

交際二年目くらいから、私から別れ話を持ち出しては、結局寂しさに耐えられずまたよりを戻す、ということを繰り返すようになりました。


そんな中、“その1”に書いた“韓国バックパック貧乏一人旅”に旅立ったのです。


2月の韓国はとても寒く、空もいつも灰色で、時々雪が舞いました。

底抜けに明るかったタイやネパールの旅行と違い、一人旅の気分も滅入りがちでした・・・。


自然と、「地球の歩き方」を目印に、同じような貧乏旅行の日本人と馬鹿話に興じるのが重要な楽しみになりました。


その度に聞く色んな人から聞く、「もう謎の金髪の日本人には遭った?」という話題。



日本人離れした金髪らしい。

言動もすごく“謎”らしい。

今、韓国のあちこちに出没しているらしい・・・。





そんなある日、ソウルの有名な安宿で、私が泊まっていた「女子部屋」の戸を開けると、中庭に、ド金髪をおかっぱにした、背の高い男性がアルカイックスマイルを浮かべて座っていました。

目があったので会釈をすると、返してくれました・・・


「これが噂の“謎の金髪の日本人”さん?!

 とうとう遭っちゃった!」


そのときの私には、まさかその後、その謎の日本人と結婚することになろうとは、夢にも・・・・



☆ ☆ ☆




当時泊まっていたソウルの有名な安宿。
確か名前は大宇旅館だったような気が・・・。

ドミトリーがいくつかあって、そのうちのひとつが女の子部屋。

ほんの、三畳くらいの狭い部屋に、二組の布団。

布団のサイズが、ひとつはシングルなんだけど、ひとつはダブルサイズ。

で、定員が三名。






・・・つまり、ダブルの布団で二人で寝ろ、という意味です(^^;


たとえ、自分の連れでなくても。



つまり、ある朝目が覚めてみたら、同じ布団で、見ず知らずのおばさんが寝ている、ということです(爆)



実際、二日目の朝、目が覚めてみたら、私の隣で、同じ布団にくるまって、白人の年配の女性がすやすや眠ってました(笑)

なかなか新鮮な経験でした・・・




で、その女の子部屋の戸を開けてすぐが、中庭。

大きなテーブルが置いてあり、それを囲んで椅子がたくさん。

ワンコインを箱に入れれば、セルフサービスでインスタントコーヒーやティーバックの紅茶などを自由に飲めるようになっています。


いつも、貧乏旅行者がたくさんたむろして(なぜか日本人が中心でした)、自分の旅の貧乏自慢や危険自慢、不潔自慢などをしていました(爆)。



その旅館があまりに居心地よくって、ついつい10日間ほども滞在してしまった私ですが(たとえ布団が共用でも!)、その中庭で聞いた「謎の金髪の日本人」の武勇伝の数々。

次々に来ては去っていく旅人の多くが、「彼」について語るのです。


不思議な髪の色、不思議な髪型、不思議な風貌。
全てにおいて日本人離れしている、とか。

旅館に部屋を取っておきながら、数日間帰ってこない、とか。

観光地に数日間滞在していながら、全然観光地めぐりをしていない、一体なにをしているのか、とか。



なんせ風貌が目立つので、

「もう謎の金髪の日本人と遭遇した?」

「え?金髪の日本人?・・・ああ、見た見た!あの背の高い人でしょう?」


とか、

「まだ見てないけど、噂を聞いてる〜。不思議な人なんだって?」

とか、とにかくいいネタになっていました(^^)



私も「ええーーー、そんな人がいるのーーー?!一度お会いしてみたい!」と好奇心の塊になっていました♪



そして、その運命の日に、女の子部屋の戸を開けた向こうに座っていた金髪の青年は、噂どおりの神秘的なアルカイックスマイルを浮かべていたのでした。

180cmの長身に、モコモコのダウンジャケットを着ているせいで、妙に体格よく見えました。

ダウンジャケットと長身と金髪の取り合わせのせいで、妙にアメリカ人チックに見え、ほんと日本人離れした不思議な風貌でした・・・




彼は、当時、九州の家具工房を辞めたところでした。
次は北海道の職業訓練校に建築の勉強をするために行くことが決まっていました。


北海道への引越しの前に、工芸品などに触れるために、韓国・台湾の旅をしていたそうです。

ソウルのその安宿には、三日間だけの滞在でした。


私は当時、東京で学生生活。


本来全く接点のない私と彼との人生が、ソウルという異国の地で、その安宿で、たった三日間だけ、重なりました・・・

その3

posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 01:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 夫との出会い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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