実話です(^^)
一切脚色なしです。
あれは私がまだ21歳の2月、大学の3年生になる春休み、韓国旅行中のことでした。
その旅で、私は、子どもの頃から思い描いていた通りの、まさに理想の男性と出会ってしまったのです・・・。
本来全く接点のない私と彼との人生が、ソウルという異国の地で、その安宿で、たった三日間だけ、重なったのですが・・・。
そんなご縁で結婚することもあるんですもんねーーー
人生って、わかりません・・・
えっと、海外への憧れが強く、「世界旅行研究会」というサークルに所属していた私は、1年生の時の香港・中国旅行、2年生の時のタイ・インド・ネパール旅行に次いで、その春休みに訪れる三回めの海外自由バックパック貧乏旅行の行き先として、韓国を選んだのです。
その頃、盧泰愚大統領への反発で治安が乱れ、デモ騒ぎが頻発したんですね、韓国は。
それを聞くと、冒険心がうずいてしまって(苦笑)
迷わず韓国を旅先に選びました。
そんな私ですので、治安の悪い地域をわざわざ訪ねた若者がテレビでバッシング受けているのを見ると、わがことのように感じてしまいます(^^;
若者は危険な経験がしたいものなんだ、と私は思います。
今、通過儀礼というイニシエーションを失ってしまった若者が、「死と再生」を疑似体験するためにバイクを飛ばしたり危険な海外にわざわざ行ったりするのはとても健全なことなんじゃないか、と思うのです・・・
それは時として、すさまじい迷惑を家族に、そして日本国に与えてしまう危険な行為ではあるのですが・・・。
色んな無茶をしてきた私が、特にこれといってひどいめにも遭わずここにこうしていられるのは、何か目に見えないものに守られてきたとしか思えないなあ、と改めて・・・
そして、21歳になったばかりの若さで、運命の人、赤い糸の相手とめぐり合えたというのもまた、大いなるもの(サムシンググレイト)の導き、見守りを感じずにはいられません・・・
私には、物心ついた頃から、「こんな人でなければ絶対に結婚しない」という明確なイメージがありました。
どんなイメージかというと・・・
・男女差別主義者ではない人。
家事育児すべてを平等に分担してくれる人。
・頭がよくて博識でリベラルで、柔軟な発想のできる人。
対話能力のある人。
知的な面で、尊敬させてくれる人。
・大胆で実行力のある人。
たとえばある日私が「あーあ、旅に行きたいな」と言ったとしたら、次の日荷造りして航空券用意して「ほら、行くぞ」と言うような、そんな人。
・生命力の強い人。サバイバル能力のある人。
自分の手で家を建てたり、自分で井戸を掘って水を確保できたりするような、山から獲物をぶら下げて帰ってきたりできるような、そんな人。
「大草原の小さな家のお父さん」のような、そんな人。
・職業は“ものを作る職人”希望。
私、両親が不仲な家庭で育ったので、結婚願望がなかったんです。
幼いときから母が、ため息をつきながら「結婚さえしていなければ」「独身のままでさえいれば」「子どもさえいなければ」と嘆くのを聞いて大きくなっていたので。
それに、TVや大人同士の会話で「結婚は人生の墓場」とか、面白おかしくちゃかして言ってますよね。
ああいうのを頭から信じてました。
結婚は人生の墓場だ、と。
結婚は不幸の始まりだ、と。
結婚なんかしたら、人生は終わってしまう、と。
幼稚園の頃から「私は結婚しない」と断言していたのを自分でもよく覚えていますし、親戚の叔父さんおばさんや幼馴染のお母さんなどと会う機会があると今でもよく言われます。
「たまちゃんがまさか結婚するとは思ってもみなかった^^;」
「あんたはずっと独身を通すんやと思ってた」
と・・・(^^;
小学校3、4年の時、なんの授業だったか、「結婚、と言う言葉から連想する言葉を言いなさい」と、順番に全員が指されたことがあります。
「幸せ」とか「ウェディングドレス」とか「家庭」とかそんな言葉が続く中、私ひとりが「離婚」と答えました(爆)
そんな私でしたから、「こんな人ならば結婚してやってもいい」(←偉そう^^;)という条件はことのほか厳しかったのです。
妥協なんかする気はさらさらない。
妥協するぐらいならば、結婚自体をしない。
妥協してまで結婚する価値なんて、いったいどこにあるのか?
そして、結婚後の生活スタイルにまで、厳しい注文は及ぶのでした。
その注文とは・・・
(つづく)
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