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2014年04月08日

私、家族を愛してはいけないんだ、と思ってました。家庭に自分の居場所があると思ってはいけないんだ、

私、自分自身に「愛すること」を禁じてました。

ここ数日に怒涛のように起こった気づきです。

今まで気がついてなかった。

自分が自分に「誰かを深く愛することを禁じている」なんて。


特に身近な人を深く愛することを禁じていました。

だって、私なんかが深く愛して深く関わったら、その人を不幸にしてしまうから。

私は悪い存在で、

誰かに関われば関わるほど、そして近づけば近づくほど、その人に迷惑を掛け、不幸にし、

最終的に関係を壊してしまうから、

どこかで一線を引いて、それ以上近づかないようにしなければならない。


私はどうやらそう思い込んでいたのです。


母が、過保護過干渉な溺愛型の人でした。

溺愛ゆえに、ついつい支配的になってしまうタイプの人でした。

心理的な母子分離が全然できてないゆえに。

「私たちは親子なのだから一心同体、あなたになにが必要なのかは全部私がわかっている」

みたいな感じで、一方的に母が独断で決めたことを押し付けられる。

そんなことも多かったのです。

それに逆らったり期待に背いたりしたら

「だったらもういい、うちの子じゃない」と家から閉め出されたり無視されたり・・・。

母も大変だったんだ、一生懸命だったんだ、我が子を深く愛するがゆえだったんだ、って今では良くわかるのですが。


そんな母が本当にイヤで、私は絶対にあんなふうにはならない、と決めました。

私は人並み外れて感情エネルギーの量の多い、激情型の情熱的な人間です。

自分がそういうタイプであることを薄々勘付いていたので、そんな自分自身のことをものすごく警戒してました。


私が誰かを深く愛したら、その人をコントロールしようとしてしまう。

その人を溺愛してしまったら、母のように支配的に過保護過干渉になってしまう。

手出し口出ししてしまう。束縛してしまう。

共依存関係にもつれこんでしまう。

だから、決して深く愛してはいけないし深く関わってもいけない。

薄皮一枚はさまったような関係でとどまらなくてはいけない。


また、母は

「あんたたちが居るから私は離婚できない。離婚できないからこんなに不幸だ」と

ことあるごとに言う人でした。


私はどうやら、「母の無念を晴らすためにも、私は離婚しなければならない」と

どこかで思い込んでしまったようなのです。

「ほら見て、私はちゃんと離婚できたよ、ママ!」って言って、褒めてほしかったようなのです(^^)



「私は専業主婦で手に職がなく、お金が稼げないから離婚できない。

そんな理由で離婚できないほど不幸で惨めなことはない。

あんたたちは絶対に手に職を持って、お金を稼げる人になりなさい。

なにかあったらすぐに離婚できる人になりなさい。」


そういうメッセージを母から深く深く受け取ってしまっていました。

そしてそれを忠実に実行しようとしていました。

この年まで、それに気づかず、無自覚に。


これだけ心理やセラピーや潜在意識について学び、内観や内省を繰り返してきていたのに、

まだ気づいていない刷り込まれたシナリオがありました。


そしてまた、これは以前から気がついてましたが、

「あんたたちさえ生まれてこなければ」のセリフに、

「私は生まれてきただけで最愛の母を不幸にする災厄のタネのような存在なのだ」

という自己イメージを持ってしまっていました。


以上の思い込みから、

「私は身近な人を深く愛してはいけない」

「私は身近な人と深く関わってはいけない」

「私は手に職を持ちお金を稼いで、すぐに離婚できる立場を取っていないといけない」

「私は離婚して見せて、自分が自由で独立した人間であることを証明せねばならない」

「私は生まれてきただけで周囲の人たちにひどい迷惑をかけているのだから、

これ以上迷惑をかけないように息を潜めてひっそりと生きていかなければならない」

などの呪縛に縛られていました。


だから、夫との間に溝を作りました。

私がこの手で夫を不幸にしてしまわないように。


だから、しょっちゅう離婚の危機を迎えていました。

母の無念を晴らすために、私は離婚して見せないといけなかったから。


だから、可愛い子供たちにもどこかで非常に冷淡でした。

過保護過干渉にだけはなってはいけなかったから。

溺愛だけはしてはいけなかったから。

私が子供たちを深く愛して深く関わったら子供たちが嫌な想いをするから。

母のようになってしまったら大変だから。


家族との間に溝と壁を何重にも張り巡らせていました。

私には家族を愛する権利がないと思い込んでいた。

私は激情型で業の深い、近寄れば近寄るほど人を不幸にする存在だから、

そんなことをしてはいけない、と自分に禁じていました。


家族から、家庭から、身近で大切な人たちから距離を取ろう距離を取ろうとしていました。

愛してしまっても愛されてしまっても大変なことになるから。


そんな自分の中の禁止令に気づき、

「私がこの人たちをもっと愛してもいいとしたら?」

「私が既にこの人たちから愛されて受け入れられ、この家庭の中に居場所があるとしたら?」

「私がここから逃げなくてもいいとしたら?」

「私がずっとここにいてもいいとしたら?」

「私がもっと彼らに近づいて心を許していっても、誰も迷惑がったり遠ざけようとしないとしたら?」

「もっと溺愛してもっと執着してもっと関わっていってもいいとしたら?」

「私は誰も不幸に追いやったりしない、と自分を信頼してもいいとしたら?」

と問いかけてみたら・・・。

いくらでも泣ける(TT)


ずーーーっとひどい孤独感で苦しんできました。

優しい夫がいて可愛い子供たちがいて、

親友とか同志とか仲間って呼べる人たちもこんなにたくさんいるのに、

それでもこんなに寂しいなら、もうこれ以上打つ手がないってことになる。

一生寂しいままだということになる。

そう思って絶望していました。


私が受け取ることを自分に禁じていたんですね。

心のどこかで「でも私は彼らを愛してもいけないし近づいてもいけない」と心を閉ざしていました。

だから寂しかったんだ。

周囲から与えられる愛情や親密さを、どこかではねつけて受け取り拒否していました。

だからあんなにも寂しかったんだ。


マジか(^^;



『今まであなたを悩ませてきた問題は、

実は家族や家系、国、組織やコミュニティーという個を超えたシステムに由来するものかもしれない。 』

というのは今週末に札幌にお招きする「NEWファミリーコンステレーション」の考え方ですが。


ま、こういうことですよね。

私の今回の気づきは、まさに「家族や家系に由来する思い込み」でした。


うちの母が過保護過干渉になってしまったのも、彼女の不幸な生育歴ゆえでしたし。

そして父が家庭を顧みない人だったのも、彼の不幸な生育歴ゆえ。

脈々と、不幸な生育歴からくる不合理なパターンを受け継ぎ続けてきてしまった。

そしてそんな両親からの影響を受けた私が、我が子との間に心理的溝を潜ませた育児をしてきてしまいました。

今からでも連鎖を断てればいいのですが。


こうやって誰もが少しずつ、

家族や家系、国、組織やコミュニティーという個を超えたシステムに由来する刷り込みから

自由になれずにもがいているんですよね。


正統派心理学、セラピーの要素に「霊的な影響」「家系の影響」まで加えたような、

サイキックなチャネリングセッションのようなNEWファミリーコンステレーション。
めっちゃ素晴らしかったです(^^)


木下典瑚さんhttp://corelife.sakura.ne.jp/session
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:41| おすすめセラピー・ワークショップ・講座など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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