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2014年04月08日

あのときのナミダと叫びの謎が解けました(^^)

今2013年三月、カラオケルームで「魂のうずき」にふい打ちに遭う、という事件が起こりました。

※その事件については以下参照     
嫉妬と妬みに泣き狂いました
  【続】嫉妬と妬みに泣き狂いました
  【続々】嫉妬と妬みに泣き狂いました
  【完】嫉妬と妬みで泣き狂いました

その時、自分に何が起こったのか、良くわかりませんでした。

「カラオケがもっとうまくなりたい」みたいな、そんな表面的なことではないことだけはわかっていたけれども。

「私はどうやらハーモニーが奏でたいのだ」ということはなんとか類推できたのだけれども。

しかし、私にとってハーモニーってなんなんだろう?


その疑問について、大切な友人にコーチングしてもらっていたとき、
何気なくメールボックスをのぞいたら「Co-Active Days 2013〜響きから創る物語〜」というイベントのお知らせが届いてました。

私が卒業したコーチ養成機関CTIが、卒業生のみを対象に、東京でやるセミナー。

「響き?このタイミングで響きから創る物語に誘われるなんて。これもなにかのお導き、私このイベントに参加する!」

と、その場で申し込みました。


さて。

三月に申し込んだそのイベントが先週末、6/29,30の土日に行われ、無事終了。

私もはるばる東京まで行って、参加して参りました。


「あのとき、私になにが起こっていたのか」

「私にとって、ハーモニーとはなんなのか」

「私がなにをどうすれば、私のこの魂のうずきに応えたことになるのか」

これらの謎がこのイベントに参加すればわかるのだ、という設定にして臨んだわけですが。

(潜在意識は叡智と可能性にあふれているので、なんでも「そういう設定にしておく」と叶うのですよ、皆様。
本当ですよ!嘘だと思ったら試してみてくださいな。
ま、ちょっとしたコツはありますが。)


そしたら、ちゃんと得られましたよ、答えが。

キーワードは「願い」でした。


◎あのときなにが起こっていたのか

→あの頃、私は「ワガママ」に思える自分の願いを封じ込めようとしていたのですが、
そのことへの「魂からのNO」だったのだな、と理解できました。

例えワガママに思えても、誰かに迷惑を掛けたり誰かを傷つけたり苦しめたりするように見えても、私は自分の深い部分からわき上がってくる願いをあきらめることができない。

あのときのナミダと叫びは、「私は私の望みをあきらめられない!」というナミダであり叫びでした。
自分自身の本質的なところからこみ上げてくる願いをあきらめたり封じ込めたりすることは、自分自身の人生をあきらめること。
願いは未来。
願いをあきらめることは、自分の未来を捨てること。

そんなことを続けていたら、それは死にたくもなりますよね(^^;



◎私にとって、ハーモニーとはなんなのか

→複数の人々が葛藤や衝突や傷つけ合いを怖れずに、自分の全存在(感情、望み、願い込みで)を表現しあうこと。
感情、望み、願い、情熱を大音量で表現すること。

それらは決して不協和音じゃない。
一人一人が自分の魂に正直に、深いところまでアクセスした響きを発すれば、それは不協和音じゃなくなっていく。
美しいハーモニーへと変わっていく。

葛藤や衝突恐るるに足らず。
それらは美しいハーモニーを奏でるための調律段階に過ぎない。
「Uの谷をくぐる」時間。
それが調律の時間。
そこを通って、人々は美しいハーモニーを奏で出すんだ。


◎私がなにをどうすれば、私のこの魂のうずきに応えたことになるのか

→自分の感情、望み、願い、情熱を大音量で表現すれば。
そのことを通して、周囲の人の中の感情、望み、願い、情熱を呼び覚ますことができれば。
周囲の人たちも、それぞれの感情、望み、願い、情熱を大音量で表現してくれれば。

そのことが例え衝突や葛藤を産んでも、その葛藤にひるまずに向き合い続ければ。

そして共に「Uの谷」をくぐって、調和に到達できれば。

そんなことに果敢にチャレンジし続けられれば、私はこの魂のうずきに沿って生きたことになる。



そんな答えをつかんだ東京の旅でした。


そして、「場を選ぶ」ということに関しても色々考えさせられ、収穫が得られました。


白いヒラヒラのワンピース姿のお嬢様スタイルの人と、黒い革ジャンと鎖じゃらじゃらファッションに髪の毛立てた人と、

「その人が居てなじむ場」「その人が映える場」っていうのはそれぞれ違う。


元気いっぱいのやんちゃな五歳男児と、哲学書を小脇に抱えた物静かな35歳眼鏡男子と、

「その人が居てなじむ場」「その人が自分らしく無理なく居られる場」っていうのはそれぞれ違う。


それぞれ、人は固有の響きを有している。

その人の固有の響きを遠慮なく表現しやすい場というのがある。

その響きが調和する場というのがある。


それなのに。

私は対人恐怖症持ちで今も人見知りがきつく、とにかく居心地悪さを感じやすい人なのですが。

「この場に調和できないなんて」「この場を居心地悪く思うなんて」ってすぐに自分を責めてた。

「また対人恐怖症の名残が出てしまった。早く治して、どこででも自然な笑顔と立ち居振る舞いで居心地良く過ごせる人にならないと。」って自分を追い立ててた。


でも、どこででも調和する、なんて幻想だよね。

そんな非現実的な目標を追い求めなくて良かった。

私には居心地悪い場があっていい。

私に居心地悪い場が多くてもいい。

私は、自分が「自然と映える場」「自然となじむ場」を選んで良い。

馴染まないことでいちいち自分を責めたりしなくていい。


なんでそう生まれちゃったかはわからないけど、

なんか独特の音階で調律されちゃってるんだよ、私は。

私固有の響きで、自然にハーモニー奏でられる場っていうのが少ない。


でもそれを責めても仕方ない。

自分の響きの周波数っていうのは、治したり矯正したりするものではない。

もちろん、「全員が自然にハーモニー奏でられない場が悪い」ということでもない。

そういう場を求めるのも非現実的。


人は皆、自分が居心地良い場を探って旅をすればいいんだ。


これからはあんまり自分の対人恐怖症の名残のことを意識するのもやめよう。

「私は基本びくびくおどおどした人ですが、これは個性であってなにかの「症状」ではありません」ってことにしよう(^^)

もう開き直ろう。

私のオドオドびくびくぶりは、初対面の方を驚かさせてしまうかもしれないけど。

初対面の方をあまり驚かせたり気を遣わせたりしないように、あちこちのプロフィール欄を書き直そうかな。

「基本キョドってますが、あまり心配しないでください。そういう個性の人なんです。」って。




お金が欲しい、車が欲しい、地位や権力がほしい、みたいなのは表面的なものだと思うのです。

その奥には普遍的な願いがある。

「幸せになりたい」「身近な人の笑顔が見たい」「愛されていると感じたい」「必要とされてると感じたい」みたいな。

本質的で普遍的なところまで昇華された真実の願いには、情熱や情緒が伴う。

古来から、それらの願い(=祈り)は声や調べに乗せて表現されてきた。

それが歌。

それがチャント。

それがマントラ。


古来から、祭祀には歌や朗唱がつきものでした。

祈りは謳い上げるものであること、謳い上げられた祈りは叶いやすいことを人は本能的に知っていたのです。


あなたの深いところの願い(=祈り)を謳い上げてみませんか。

それは望む未来を呼び寄せることでしょう。

潜在意識にしみこんで、叶いやすくなることでしょう。


自分自身の本質的なところからこみ上げてくる願いをあきらめたり封じ込めたりすることは、自分自身の人生をあきらめること。

願いは未来。

願いをあきらめることは、自分の未来を捨てること。
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:24| 怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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