私は手に職もなく、なんの特技もない、一介のパート主婦でした。
生活苦のため、専業主婦ではありませんでした。
でもその仕事の内容は、
スーパーのレジ打ちとか、
一般企業の電話番兼伝票整理とか、
実の姉家族の子守兼家政婦とか(^^;、
本当に誰にでもできる単純作業。。。
どれもこれも、私が私であることを生かせる職ではありませんでした。
しかも、私には、
体や手を動かす単純作業、というのがうまくできないのです。
料理も掃除も嫌いだし、下手なのです(トホホ;;)
レジを打つと間違うのです(泣)
伝票整理をしても間違うのです(泣)
電話の応対がなってない、と怒られるのです(号泣)
当たり障りの無い表面的な人間関係がどうしても苦手。
しかも当時はまだ対人恐怖症が強く残ってましたから、
「おはようございます」の挨拶をする時点から、
顔は引きつり目は合わせられず声は蚊が鳴くよう・・・
そんなんで人間関係がうまく行くはずも無く・・・(嗚咽)
自分のことをダメ人間だ、社会人失格だ、人間失格だ、と責め、
自己嫌悪の塊になる一方で、
「こんな私に生まれたということに何か意味があるはず」と
模索し続けていました。
心理学に対する強い興味と関心、
コミュニケーションスキルへの強い興味と関心、
人の内面に対する洞察力、
精神世界に対する傾倒、、、、
これらが与えられたのは、
「それを使って何か社会のお役に立て」と
言われているに違いないのに・・・
歯噛みをする思いで、自分にできることを探し回っていました。
当時、夫の仕事の関係で北海道を離れ、
姉一家と同居して子守兼家政婦をしていました。
姉の住む土地(本州です)に滞在するのも後一年、とはっきりした時点で、
「今のうちに何か手に職を付けよう」と決心しました。
勉強を始めるには理想的な環境でしたから。
姉はとても面倒見がよく、私のことを全面的に応援してくれており、
経済的にも充分な報酬をくれてましたし、
実家も近く、母もよく訪ねて来て子どもたちの面倒を見てくれました。
私が手に職をつけるために勉強を始めるならば今しかない。
北海道に帰ってからでは無理だ、
都市圏が遠く勉強に不利な環境である上に、
子育てを手伝ってくれる人が誰もいなくなる。
経済的にも苦しくなるのも目に見えてる。
今しかない!
悩んでいる人の話に耳を傾けることで人を支える仕事がしたい。
そのことは明確だった私。
中学生の頃からカウンセラーに憧れていました。
「臨床心理士になりたい!」。
ひと言でカウンセラーと言っても、
産業カウンセラーとか色んなカウンセラー資格があるのは知っていました。
でも、自分に自信がなかったこともあり、
一番権威のある資格を得たかった。
もう私には臨床心理士しかない、と思いつめました。
「臨床心理士になるために」という資格本を買い、
ネットでも情報を集めました。
すると、目の前に立ちはだかる壁の高さに、眩暈が・・・
臨床心理士になるには指定大学院を出なくてはいけない。
まず院入試に受からなくてはならない。
これがまず、難関。
無事難関突破したとしても、
四年間院に通わなければいけない。
(もう当時の記憶が曖昧になってきているので、
年数などが微妙に誤っているかもしれません^^;)
その学費がまた馬鹿にならない(ウン百万単位)。
あと一年で北海道の山奥の村に帰らなくてはならない私。
あそこから一体どこの大学院に通えるというのだろう。
しかも四年間?
まだ小さい子どもたちがいるというのに(当時下の子1歳)。
だいたいウン百万なんてお金、逆さに振っても出てこない。
つまり、私はこのまま自分を生かせず
自分を押し殺して生きていくしかないのか?
低賃金で 向いていない仕事をして
神経をすり減らしミスを繰り返し、
「すいませんすいません」と謝りながら小さくなって生きていくのか?
そんな一生を送るしかないのか・・・
絶望しかかったとき、福音が舞い降りました。
「通信大学大学院っていうのがある!」
衛星放送などを使って、自宅で大学院の授業が受けられるのです!
もちろん、卒業資格などは通学したのと同等のものが得られるのです!
年に二回程度の
スクーリング(東京などに出向き実際に授業に出席する)制度が
あるけれど、
毎日通うことに比べたら、それくらいへの河童!
しかも、授業料もぜんぜん割安!
これならなんとかなるかもしれない・・・
しかし、天使から救いの手が差し伸べられたように思えたのもつかの間、
またしても次の壁が私の前に立ちはだかります・・・
(つづく)

ホームページ「スピリチュアルコーチング


