こちらではこんなコラムが読めます。

 ・いじめられっ子からの乗り越えストーリー  ・ネガティブを抱えて生きる象徴「キノコ荘物語」

 ・私のコーチングに対する想い/私のコーチングスタイルの特長など

 ・インナーチャイルドの癒しの旅  ・自分史:夫との出会い  ・魂に響く絵本・児童文学  ・自分史:占い師への道  ・過去生の記憶(魔女狩りの記憶 他)  ・私は声が出なかった(場面緘黙症だった記憶)  ・おすすめセラピー・ワークショップ・講座など  ・私の年表

 ・怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える

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2008年10月29日

私の年表

・【こども時代】

祖父母、叔父、叔母と同居の大家族の中、第二子として誕生。

両親の夫婦仲が悪く、複雑な家庭環境で、典型的なACとして成長。

母から誕生を喜んでもらえなかった、「子供さえいなければ離婚できたのに」と何度も言われた、というトラウマを深く心に刻んでしまい、長年苦しむ。

ものごころついた頃からの対人恐怖症、場面緘黙症。

幼稚園でも誰ともしゃべらず遊ばずずっと一人でしゃがみこんですごす。


場面緘黙症のため小学校では声が出ず、ひたすら一人で自分の机で座り続けて一日をやりすごす。

友達ゼロ。いじめられっ子。

遠足などの班分けでは、必ずひとり余って、委員長とか副委員長が先生から言われてしぶしぶ自分の班に呼んでくれる、という感じ・・・。

針のむしろでした。

不登校やりたかったです・・・親に引きずられて無理矢理登校させられてました。


その後、血がにじむような努力で(←ちょっと大げさ^^)少しずつ声を出せるようになり、中・高で“友達”と言えるような存在も数人できるようになる。

自身のあまりの生きづらさと、精神科医だった父の影響で、早くも小学生の時から心理学の本などに親しむ。

フロイト、ユング、河合隼雄、などの著作に特に影響を受ける。



・【大学時代】

一浪を経て(なぜか京都で過ごしました。楽しかった!京都大好き。)早稲田大学第一文学部に入学。

父の勧めもあり、精神科医を目指して医学部志望だったので、失意の進学(><)


相変わらずの対人恐怖症とACならではの自己評価の低さ、それに伴う感情の上下の激しさに苦しみつつ、自由な学生生活も謳歌。

「世界旅行研究会」なるサークルに入部、バックパック一つでアジア各国をふらふらと旅して回る。

インド旅行のついでにトランジットで立ち寄ったタイに夢中になり、通い詰める。

大学三年生になる春休み、韓国旅行中に、同じく一人旅をしていた今の夫と知り合い、交際開始。

「バシャール」やシャーリー・マクレーンの「アウトオンアリム」などに触れ、精神世界にも目覚めた頃。

心理学科には進学しなかったものの(一年のときの成績が悪くて入れなかった^^)心理学やカウンセリングへの興味も薄れず、独学を続ける。

卒論には「ユングと道教」というテーマを選ぶ。




・【1992〜1999 方向性を見失う。アイデンティティの危機】

大学卒業と同時に結婚、北海道の大自然の中で暮らしたいという夢を持つ夫にくっついて北海道へ転居、出産。

周囲に友達ゼロ、友達が作れそうなチャンスゼロ。

気晴らしゼロ。

親の仕送りでのんきに暮らしていた学生時代と打って変わって、缶ジュースを買うのに自販機の前で数分悩むほどの貧乏暮らし。

近所の家というものがない田舎暮らし、公園もなく公園デビューもできない密室の育児。

読書大好きなのに、本屋も図書館も半径20kmに無い生活。

お金もなく、興味のあることを勉強できるような場もなく、将来に夢も希望も描けない。

自分の人生は終わった、と思った。

結婚は人生の墓場、というのは本当だった、と。


経理系事務のパート従業員として就職したりもしました。

低収入、針のむしろの人間関係、正社員と厳然と格差のあるパートの身分、自分らしさや自分の個性などが一切生かせない仕事の内容。

かといって、北海道の山奥の村に住んでいては、他に転職先もない。

いつまでもこのパートの身分にしがみついていないといけないのか?

他の可能性はないのか?

こんな生活があと何十年も続くのか? 絶望。



・【2000〜2003 転換点! 四国香川県時代】

四国の香川県のあるまとまった仕事を、建築士である旦那が請け負うことになった。

つまりその建築工事の終了まで、という期間限定で、
ダンナに安定高収入が約束された。

「今ここで何か出来なかったら、一生変わらない!やらねば!」

ここにいる間に、何か手に職をつけなければ、私は一生あのままだ!

今しかない! なにか資格を!

ずっと興味があった心理学やカウンセリングやスピリチュアルなことを仕事に関連づけたい。

その道で食べていきたい、活躍していきたい。

山奥の村に住んだままでできるような仕事がしたい。

最初、カウンセラーを目指して勉強することを考えたが、諸般の事情や周囲の勧めもありタロット占いの勉強とコーチングの勉強を開始する。



2002年8月 よーじゅ先生によるタロット講座受講。

2003年1月より、四国から大阪まで通い、CTIジャパンの大阪でのコーチ養成コース受講。

2003年5月 応用コースまで修了。

   ※2003年5月、コーチングのクライアント数4名



・【2004年1月 コーチとして、起業独立スタート!】

2003年末に、4年間暮らした四国の香川県から、北海道に帰る。

夫の仕事は途切れ、いきなりの収入ゼロ状態。

わずかな貯金で食いつなぎながら、
コーチングと占いで食べていくための試行錯誤に本格的に取り組む。

  ※2004年1月、コーチングのクライアント数9名 



2004年春、HP完成。

  ※2004年4月、コーチングのクライアント数12名
 

その頃まだまだ対人恐怖症が強く残り、自信がなく、不安が強く、
自己肯定感の低かった私には、HPの公開はすごく抵抗があった。

怖い。人が怖いし、社会に出て行くのが怖い。

でも、自分らしい人生を、自由に生きたいならば、ここで踏ん張るしかない。

背水の陣。

夫の付属物ではなく、単純労働者でもなく、自分の個性を生かし、
自分の能力を生かして生きていきたいならば、
怖いとか苦手とか、言ってる場合じゃない。

恐れと不安に立ち向かいながら、
胃が痛くなる思いに苦しみながらのHP公開。

メルマガ発行。






・【2004年10月 飛翔!】

コーチとしての起業独立を心に決めてからわずか10ヶ月後、

HPが完成してからわずか半年後、

2004年10月に当初の目標の「月収30万円」を達成!!


  ※2004年10月、コーチングのクライアント数17名 



2004年10月よりCTIジャパン資格コース受講
2005年6月修了
2005年10月認定試験合格。

CPCCホルダーとなる。

  ※CPCC (Certified Professional Co-Active Coach)
  米国CTI 認定プロフェッショナル・コーアクティブ・コーチ



【2008年初夏現在】

今や、北海道を代表するスピリチュアルコーチとして活躍中。

自らの起業体験を生かした「セラピスト開業・独立サポートプロジェクト(セラサポ)」代表。

ホンモノをかぎ分ける能力で日本中から素晴らしいセミナー、講座をピックアップし、企画と集客のセンスを生かして札幌で次々に開催。

◎私のセミナー開催実績はこちら


夫には専業主夫として、家事、育児、趣味に専念してもらってます。

私が三人の子供(一番下は2007年10月に出産したばかりのまだ乳児)を含む一家五人を養う大黒柱として、自分らしく楽しく生活しております。


   ※コーチングのクライアント数、常時20名前後。

タグ:自分史
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の年表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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