こちらではこんなコラムが読めます。

 ・いじめられっ子からの乗り越えストーリー  ・ネガティブを抱えて生きる象徴「キノコ荘物語」

 ・私のコーチングに対する想い/私のコーチングスタイルの特長など

 ・インナーチャイルドの癒しの旅  ・自分史:夫との出会い  ・魂に響く絵本・児童文学  ・自分史:占い師への道  ・過去生の記憶(魔女狩りの記憶 他)  ・私は声が出なかった(場面緘黙症だった記憶)  ・おすすめセラピー・ワークショップ・講座など  ・私の年表

 ・怒りや憎しみなど、ネガティブな感情と向き合い乗り越える

【珠帆美汐のサイト、ブログ、各種サービスなど】   banner.jpgホームページ「スピリチュアルコーチング

アメブロ \ フェイスブック \ ツイッター\ 魂の成長を促すタロット講座(たまタロ) \魂の成長を促すコーチ養成講座 \   ライトワーカー応援サイト「珠帆印」 \ 現実を動かす7ヶ月間グループセッション〜セラサポ

2006年08月15日

過去生の記憶?「私は魔女狩りに遭ったのでしょうか」

2005年5月開催の初回よーじゅ先生のタロット集中講座@小樽、

20名近くの方に参加していただいたわけですが。


参加者さんの中には初対面の方もたくさんいらっしゃったのですが、

お話をうかがってみると、

占い師さん、セラピスト、ヒーラー、エネルギーワーカーさん、

とライトワーカーせいぞろい、という勢いでした。


今回が初対面だった参加者さんの一人、マリアさんと、

たまたま隣り合わせに座りました。


マリアさんはヒプノセラピスト兼タロット占い師であり、

過去生とか色々見えてしまう方だそうです。


で、講座中に突然、「あ、今見えちゃった」とおっしゃいます(^^)

「このメンバーで、

みんなで『魔女仲間』として共に学んだ過去生があったわよ」と。


やっぱりその時も、先生はよーじゅ先生で、

そのアシスタントに私がいたそうです。


その時たまたま楽天仲間でもあるwingさんとさゆりんも

すぐ近くに座っていたのですが、声を揃えて「やっぱり?!」と・・・。

「だから魔女狩りの記憶があるのかなあ」と。


私も、とても思い当たる記憶があるのです・・・





私は、ここでもよく書いてますが、

生まれつきすごく強い自己否定と、

そして罪悪感を持って生まれているんです。



私が私であることがばれたら、また迫害を受ける。



わずか二歳や三歳の頃からひどい対人恐怖症で、場面緘黙症でした。

家から一歩外へ出て、家族以外の人と話そうとすると、

恐怖に身がすくみ、声が出ないのです。



無理をすると裏声ならなんとか出たので、

完全な場面緘黙症というよりは

場面緘黙症的傾向といったほうがいいのかもしれませんが。



そんな状態で、幼稚園も小学校も、友達と遊んだ記憶はありません。

怖くて怖くて声も出ないのに、

一緒に遊べるはずもなく・・・友達なんて、一人も居ませんでしたから。



休み時間は、自分の机に一人ただじっと座っていました。

幼稚園の頃は、一人で部屋の隅で体を丸めてうずくまっていました。




そしてまた、それだけでなく

「私の判断はすべて間違っている」という確信的な自己否定が、

なぜか物心ついた頃からはっきりとありました。

自分に自信なんて、ゼロでした。

自己嫌悪と自己否定のかたまり、という珍しい幼児でした(^^;



幼児どころか、胎児のときからですけどね。


母のお腹の中に居たときから

「またなんの役にも立てないんじゃないか、

また失敗するんじゃないか、

また愛する人を守れないんじゃないか」

というものすごい不安を持っていたことを、

ヒプノセラピーを受けてありありと思い出した過程を、

ここでも以前書きました。


私は予定日を大幅に過ぎてから生まれたのですが、

その恐怖と不安から、生まれることに抵抗していたんですね。



ただ魔女狩りに遭っただけなら、

迫害恐怖、対人恐怖だけでいいと思うのですが、

なぜか強い自己否定・自己不信・罪悪感がある。

「また役に立てない、また守ってあげられない」という・・・。

「私のせいだ」という・・・。



なんでだろう?どんな記憶があるというのだろう?と

ずっと不思議に思っていました。

それがマリアさんの言葉で「はっ」とひらめいたことがありました・・・

posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去生の記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月14日

魔女狩りの記憶 2

「魔女学校」のような場で、私は指導者的立場だった・・・

(今ここで話題に上げている「魔女」とは

黒魔術で悪魔を呼び出すような存在のことではありませんよ^^;。

医者なんていない昔の農村で、

薬草を集めては病気の人に処方したりする

シャーマン的な存在の人のことを言ってます。

現代風に呼べばヒーラーでありセラピスト!)



「それでか!」「わかった!」というようなヒラメキがありました。




私の魂は、ずっと人々に知識を伝えるような指導者的立場だっただろう、

ということは、今まで色んなところで言われてきていました。



「え?そう?ヨイショしてくれてありがとう^^」

くらいな気分で聞き流してきていましたが・・・。



「私が、過去生のどこかで、

魔女学校のようなところで教えていたとするならば。」


私の中で何かがパチリと音を立ててはまりました・・・



私が色んな知識を教え、

セラピストやヒーラーやシャーマンに育て上げた人たちがいた。


その人たちは、私が教え導いたせいで、魔女狩りにあって、殺された・・・

そう思うと、全てが符号するのです。

パズルで、ミッシングピースがあるべき場所にはまったときのように。



私の激しい自己否定、自己不信、罪悪感の理由が、

突然クリアになった気がしました。



私を責める内なる声は、いつもこんなことを言うのです・・・

「私の判断はすべて間違いだから。

 私の行動はすべて間違いだから。

 私の言うことはすべて間違いだから。


 また失敗するから。

 またすべてを失うから。


 だから、私には人前で発言するような資格はない。

 だから、私は何も言ってはいけない。


 私の言葉を信じてついてきてくれる人たちを作ってはいけない。


 また守ってあげられないから。

 また失ってしまうから。

 私のせいで、私のせいで、私のせいで!」




マリアさんを中心に和やかに談笑している中、ボソッと

「私、たぶん、たくさんの人を教えたり導いたりして、

そのせいでみんなを死なせてしまったことがあると思う。

それがその『魔女学校』のときかなあ。

私が教えたせいで、魔女狩りで死に追いやってしまった、って

自分をひどく責めたんじゃないかなあ。

私のせいだーっ、って・・・」



こうつぶやくと、wingさんが予想外の激しい反応を見せてくれました。

突然、顔をくしゃくしゃにして涙をポロポロ・・・



「ちがうよ、たまちゃん、あなたのせいじゃない・・・」



私も一緒に泣いてしまいました。

マリアさんもさゆりんも一瞬だまりこみ、

なんともいえない静寂があたりを包みました。

無言のうちに何か重い記憶を共有した一瞬でした。




突然ですが、最近のマイブーム漫画からの抜粋です。

-----岸本斉史「NARUTO」集英社 第26巻179-187pより抜粋----


(シカマルという少年が、

仲間の救出という任務の小隊長を命じられるが、

次々に小隊のメンバーは強すぎる敵に倒される。

救出というミッションも果たせない。

自身は軽症で済んだシカマルは、

重傷を負った隊員の手術が終わるのを手術室の前で待っている。)



  「俺は今回の任務ではじめて小隊長についた。

   それでわかった。

   俺は忍にゃ向いてねえ・・・。

   俺が甘かった。

   力が足りなかった。

   全部俺のせいだ・・・。」




そうつぶやいてその場を立ち去ろうとするシカマルに、

  「傷つくのが怖いのか?」


という厳しい声が飛ぶ。




  「お前が忍をやめても任務は続く。

  誰かがやらなきゃなんねーんだ。



  お前の仲間はまた別の隊長のもと、出動するだけだ。

  そこでお前の仲間は死ぬかもしれねえ・・・。

  だがもしその時隊長がお前だったら・・・

  仲間はそうならずに済むかもしれねえ・・・。


  今回を反省し、経験を生かして学べば・・・

  任務をより完璧にこなせるかもしれねえ。



  本当に仲間を大切におもうならな、

  逃げることを考える前に・・・

  仲間のためにてめーがより優秀になることを考えやがれ!



  それが本当の仲間ってもんだろーが。

  この腰抜けが!」



そこへ、重傷の仲間が一命を取り留めたという知らせを持って

里長がやってくる。


  「シカマル、どうやら任務は失敗のようだね。

  でもみんな生きてる。

  それがなによりだ。」



里長へのシカマルの返事は



  「次こそは・・・完璧にこなして見せます・・・!」


滂沱の涙と共に、搾り出すように・・・。



-----岸本斉史「NARUTO」集英社 第26巻179-187pより抜粋----





これは、まさに私が今直面している課題。


仲間を危険にさらした罪悪感から、

「もう何もやらない。責任もてないから、もうやめる。」と、

私は逃げを決め込んでいたわけです。



もうなにもやらず自主謹慎を決め込んでいることで償いとしようと・・・。



そこへ一喝。


  「お前が忍をやめても任務は続く。

  誰かがやらなきゃなんねーんだ。」




  「今回を反省し、経験を生かして学べば・・・

  任務をより完璧にこなせるかもしれねえ。」



  「本当に仲間を大切におもうならな、

  逃げることを考える前に・・・

  仲間のためにてめーがより優秀になることを考えやがれ!」






もしそれができたら・・・

  今度こそうまくやれるかもしれない・・・。





シカマル〜

まだ少年のあんたが

「次こそは・・・完璧にこなして見せます・・・!」と言うなら、

私もやるよ・・・。


滂沱の涙と共に、搾り出すように言うなら・・・私もやるよ。

私も挑むよ。



過去に一度や二度失敗したからと言って、それがなんだろう?


こうしてまた巡りあえるなら、一度や二度の別れがそれがなんだろう?


今度こそ、うまくやる。

今度こそ。


それが本当の償いじゃないのか?


(つづく)
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 01:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去生の記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

魔女狩りの記憶 3

「NARUTO」の第26巻は二、三週間前に読んでいて、

ズドンと重く胸に響いていました。



そのときはなぜここまでグサッとくるのか分からなかった・・・。

それがタロット講座中のマリアさんやwingさんやさゆりんとの会話で、

ピタッとはまりました。



「私がみんなを死に追いやっていたのかもしれない」

その罪悪感を後悔の涙とともに吐き出すことができた・・・。

私にとって大きなブレークスルーでした。

しかも、その当人たちかもしれない人たちを前にして。



そして、wingさんが「あなたのせいじゃない」と泣いてくれたこと。



さゆりんもその後こんなコメントをくれました。



 「たまちゃん、ありがとうね!!!

  本当に感謝しています。

  魔女狩りの時代のときだって、ずっとそう思っていたよ。

  たまちゃん、ありがとう!って。

  私たちは、つながっているっていう心を持っていたし、

  そのことに誇りを持っていたし、友情が嬉しかった。

  あ、涙出てきた。」


許されたのだ、と感じました。

実は既に許されていたのだ、と・・・。




そしてなぜ私がこんなに

「セラピストを目指している人」、

「ヒーラーを目指している人」、

「ライトワーカーの卵たち」

を応援することを大切に感じているか、

その理由が分かった気がしました。

罪滅ぼしなんですね。

償いなんです。



でも、こけてる人を助け起こすのには積極的で熱心でも、

先に立って旗を振るようなことはできないと感じていた。



 また失敗したらイヤだから。

 自分に自信がないから。

 自分にそんな資格はないと感じていたから。



でも今回、

mirohiさんの「私タロット習ってみたいんですよねー」のひと言に応じて

タロット講座を企画してみて、

たくさんのライトワーカーさん方(またその卵さん方)が集まってくれた。

そして皆さんすごく喜んでくれた。


 「東京まで行かなければ受けられないと思ってました!」

 「すごくためになりました!」

 「満足してます!」



マリアさんが見たように、

このメンバーが過去生での「魔女学校」のメンバーならば。


私が自分を責めていた

「仲間を魔女狩りに追いやってしまった事件」の当事者たちならば。


それがまたこうして巡りあえたのならば。

そしてこうして私が企画した催しでこんなに喜んでくれるのならば。

そしてもし本当に私は許してもらっているのならば。


シカマルじゃないけど、「今度こそうまくやりたい」と思った。


 今度こそ、役に立ちたい。

 今度こそ、うまくやりたい。

 今度こそ。




失敗して、それで終わりではなく、

こうして再会してやり直すチャンスが用意されているならば。

こうして私の企画で喜んでもらえるならば。


 もっともっと役に立ちたい。

 もっともっと全力を尽くしたい。




自分を責めながら

悶々と内にこもっているような自己満足的な償いではなく、

自分の100の力を総動員してできることに取り組むような、

そんな積極的な償いをしたい・・・

私にできることならなんでもする。



どうか、私をお役に立ててください。


タロット占い・コーチングのお申し込みはこちら


(つづく)
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去生の記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去生の記憶に対する私のスタンス

なんだか熱く過去生の記憶について語ってしまいました。

まるで自明の理であるかのように語りましたが、

まだ私の中にためらいと猶予はあります。


だって、事実かどうか、確認できないことですもんね。

ただの空想、ただの妄想かもしれない。


でも、ひとつ言えるのは、

このストーリーについて語ることが私にとって意味がある、ということ。



ある意味で物語療法(ナラティブセラピー)。


私が私自身の生きづらさ、自己不信を乗越えるために、

このストーリーは必要であり、有効であった。



私にとっては真実だった。



このストーリーについて思いをめぐらせ、

湧き上がってくるさまざまな感情を味わい、

共感や理解を示してくれる仲間と語りあうことは、

とても大きな意味を果たした。



その結果、


「私は自己不信を乗越え、根強い対人恐怖を乗越え、

人のお役に立っていく」


という結論に行き着くことができた。



頭ではとっくにその結論は導きだせていた。

でも、体感覚レベルでは腑に落ちていなかった。



体感覚レベルで納得するためには、

「どれほど怖いのか」

「なぜそこまで怖いのか」

を表現するストーリーと、

「そこを乗越える勇気」

「その後得られるつながり」

などのストーリーが必要だった。



そのストーリーに沿って感情を沸き立たせ、

体感覚で(まるでありありと思い出しているときのように)

恐怖、許し、決意、高揚感、つながり感を味わうこと・・・



私の奥深いところでこの体験は真実の体験として経験された。

それはまさに私にとって、癒しの過程だった。





全て、過去生の記憶って、そういうことだと思う。

事実なのかどうなのか、論証のしようのないこと。

だいたい、論証できたとして、それがなんだというのか?



ただ、その人にとって、

そのストーリーを味わい、語ることが意味があるならば、

ぜひそうすればいい。



その人が、その人らしいより良い人生を輝いて生きることに、

何かの助けになるならば。



私は輪廻転生説を採用する。

私は魂には過去生の記憶がある、という説を採用する。

その記憶が今生に大きな影響を及ぼす、という説を採用する。

今生での生き方が、来世がどんな人生になるかを決める、

という説を採用する。


なぜなら、

私はその考え方で世界を見るといろんなことが腑に落ちて明快になるので

気に入っているから。

ただ、それだけ。


私は決して、

「これが正しいのに、その正しさが分からない人たちはおバカ」

みたいなスタンスにだけは立ちたくないと思う。



「私はこの説を採用しました。

あなたは違う説を採用するんですね。」


こんなスタンスでいたい。




私がこんなことを書きたくなった理由には、

どこかで「再び迫害される恐怖」を感じてるという事実があります(^^;



過去生の記憶について書くなんてヘンな人、

と思われて攻撃されるかもしれない。



非科学的な人、狂信的な人、ということで誹謗中傷されるかもしれない。



この不安について昨日、私のコーチに訴えると、

「もう迫害されない、という現実を選択すればどうですか」

と言われてしまいました(^^;



さすが私のコーチ、いいことを言います。

私はもう既に迫害からは多くを学びました。

もうこの学びは私には必要ありません。

私は今生では、認められ受け容れられ社会で活躍していく人生を選びます。 /完



コーチングやタロット占いのお申し込みはこちら

アメーバブログへ

本ブログ「コラム置き場」トップへ

私の企画する講座やイベントはこちら。どれかに参加してみてくださいな。
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去生の記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月13日

占い師への道 1

2002年まで、

私は手に職もなく、なんの特技もない、一介のパート主婦でした。


生活苦のため、専業主婦ではありませんでした。

でもその仕事の内容は、

スーパーのレジ打ちとか、

一般企業の電話番兼伝票整理とか、

実の姉家族の子守兼家政婦とか(^^;、

本当に誰にでもできる単純作業。。。


どれもこれも、私が私であることを生かせる職ではありませんでした。



しかも、私には、

体や手を動かす単純作業、というのがうまくできないのです。



料理も掃除も嫌いだし、下手なのです(トホホ;;)

レジを打つと間違うのです(泣)

伝票整理をしても間違うのです(泣)

電話の応対がなってない、と怒られるのです(号泣)

当たり障りの無い表面的な人間関係がどうしても苦手。


しかも当時はまだ対人恐怖症が強く残ってましたから、

「おはようございます」の挨拶をする時点から、

顔は引きつり目は合わせられず声は蚊が鳴くよう・・・


そんなんで人間関係がうまく行くはずも無く・・・(嗚咽)



自分のことをダメ人間だ、社会人失格だ、人間失格だ、と責め、

自己嫌悪の塊になる一方で、

「こんな私に生まれたということに何か意味があるはず」と

模索し続けていました。



心理学に対する強い興味と関心、

コミュニケーションスキルへの強い興味と関心、

人の内面に対する洞察力、

精神世界に対する傾倒、、、、


これらが与えられたのは、

「それを使って何か社会のお役に立て」と

言われているに違いないのに・・・

歯噛みをする思いで、自分にできることを探し回っていました。


当時、夫の仕事の関係で北海道を離れ、

姉一家と同居して子守兼家政婦をしていました。

姉の住む土地(本州です)に滞在するのも後一年、とはっきりした時点で、

「今のうちに何か手に職を付けよう」と決心しました。


勉強を始めるには理想的な環境でしたから。


姉はとても面倒見がよく、私のことを全面的に応援してくれており、

経済的にも充分な報酬をくれてましたし、

実家も近く、母もよく訪ねて来て子どもたちの面倒を見てくれました。



私が手に職をつけるために勉強を始めるならば今しかない。



北海道に帰ってからでは無理だ、

都市圏が遠く勉強に不利な環境である上に、

子育てを手伝ってくれる人が誰もいなくなる。

経済的にも苦しくなるのも目に見えてる。

今しかない!


悩んでいる人の話に耳を傾けることで人を支える仕事がしたい。

そのことは明確だった私。

中学生の頃からカウンセラーに憧れていました。


「臨床心理士になりたい!」。



ひと言でカウンセラーと言っても、

産業カウンセラーとか色んなカウンセラー資格があるのは知っていました。

でも、自分に自信がなかったこともあり、

一番権威のある資格を得たかった。


もう私には臨床心理士しかない、と思いつめました。


「臨床心理士になるために」という資格本を買い、

ネットでも情報を集めました。



すると、目の前に立ちはだかる壁の高さに、眩暈が・・・



臨床心理士になるには指定大学院を出なくてはいけない。

まず院入試に受からなくてはならない。

これがまず、難関。

無事難関突破したとしても、

四年間院に通わなければいけない。

(もう当時の記憶が曖昧になってきているので、

年数などが微妙に誤っているかもしれません^^;)

その学費がまた馬鹿にならない(ウン百万単位)。



あと一年で北海道の山奥の村に帰らなくてはならない私。

あそこから一体どこの大学院に通えるというのだろう。

しかも四年間?

まだ小さい子どもたちがいるというのに(当時下の子1歳)。

だいたいウン百万なんてお金、逆さに振っても出てこない。





つまり、私はこのまま自分を生かせず 

自分を押し殺して生きていくしかないのか?

低賃金で 向いていない仕事をして 

神経をすり減らしミスを繰り返し、

「すいませんすいません」と謝りながら小さくなって生きていくのか?

そんな一生を送るしかないのか・・・




絶望しかかったとき、福音が舞い降りました。



「通信大学大学院っていうのがある!」





衛星放送などを使って、自宅で大学院の授業が受けられるのです!

もちろん、卒業資格などは通学したのと同等のものが得られるのです!


年に二回程度の

スクーリング(東京などに出向き実際に授業に出席する)制度が

あるけれど、

毎日通うことに比べたら、それくらいへの河童!

しかも、授業料もぜんぜん割安!


これならなんとかなるかもしれない・・・






しかし、天使から救いの手が差し伸べられたように思えたのもつかの間、

またしても次の壁が私の前に立ちはだかります・・・


(つづく)
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 占い師への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

占い師への道 2

今思えば、「悩んでいる人の話に耳を傾ける」ことにさえ携われれば、

なにも臨床心理士にこだわることはなかったのです。


自信がないので、

“臨床心理士”という言葉の響きが持つ「権威」に惹かれたにすぎない。


このときにコーチングを受けられていれば、

そんな自信がないがゆえの条件にふりまわされるのではなく、

もっと核心部分

「自分は何がしたいのか」

「社会に何を提供したいのか」

を明確にした上で、

「もっと他の手段はないのか」と多方面から考えられたのに・・・



しかし、当時の私は「臨床心理士しかない!」と思いつめていました。


そして、普通の大学院よりもずっと割安で、

しかも在宅で勉強できる「通信大学大学院」の存在を知ったことで

舞い上がってました。



これぞ福音だ!



そこに立ちはだかった次の障害。




夫の大反対です(^^;







今でこそラブラブの私たちですが(*^^*)、

当時はケンカが絶えず、

離婚という言葉が飛び出すこともしょっちゅう・・・



私が幸せではなかったですからねえ・・・

不平不満の塊でしたから・・・




今思い返せば、夫の反対理由はもっともなのです。



夫「臨床心理士になったら職が見つかるという保障あるのん? 

赤井川村から通える範囲でも就職先あるんかいな」


私「・・・臨床心理士になっても就職先はないらしい。

ネットで調べても就職先がない話ばっかり。」



夫「アホ! 東京で無い就職先が赤井川村の近くにあるかいな!

 そんだけ金かけて時間つこうのに、

 どうも仕事はないようですってそんなん話になるか!」



ここで私はぶち切れました(^^;

私にしてみれば、暗闇でつかんだ希望の糸だったのです。


自分が自分であることを生かせるような、

自分らしさを輝かすことがそのまま社会の役に立つことであるような、

そんな仕事がしたい。

そんな人生を送りたい!

今、もしかしたらその切望が叶うかもしれない。


私にとって、臨床心理士が、通信大学大学院が、

長い長いあいだ暗闇をさまよい続けて

やっと見つけた一筋の光だったのです。




その希望をあなたは断ち切るのか!





北海道の田舎に移り住んで手作りの家を建て家具工房を開く。

私は夫のその夢を手伝うために、

タイでの留学生活を切り上げて帰国しました。


夢を追いかけ続ける夫を支えるために、

居酒屋、スーパー、事務系パート、と、

結婚以来ずっと家計を担って働いてきました。



家の建築中は、生後間もない乳飲み子を抱えた身で作業を手伝い、

土方仕事にヘロヘロになり、精神的にも肉体的にもボロボロになりました。





私がそうやって今まであなたの夢を応援してきたのは、

私が私の夢を追いかける時がきたら

あなたも私を応援してくれるに違いないという信頼があったからだ。



あなたはそれを踏みにじるのか!



あなたが夢と生きがいにあふれた充実した人生を送っている間、

私がどんな想いでそれを支えてきたか知っているのか?


あなたにとって私は何なんだ。

踏み台か? 貢いでくれるカモか?

ふざけるなっ!!!!






もともと感情が豊か過ぎるほどで、

夫婦喧嘩も派手にやる私ですが(^^;、

この時ほど激情がほとばしったことはないように思います。

泣きながら、悲鳴のような声でダンナを責め、なじりました。



人並みはずれて理性的で現実的なダンナは、

「仕事に結びつかないならば、

どんな資格であろうとリスキーな投資はしない」

という自分の意見を曲げることはしませんでしたが、

その代わり、意外な妥協案を出して来ました。



「お前には占いがあるやないか」・・・




   .。.・:*: ☆ .:*:・:'




今思えば、ほんと、夫の反対は真っ当なものだった、とつくづく思います。

だって、就職先が多分見つからない資格を取るなんて、

値下がり必至の株を買うと言っているのと同じですもんね。



もちろん、趣味でとる資格ならいいと思うんです。

何を隠そう、私と夫は、アマチュア無線三級の資格を持っています(^^)



でも当時の私たちの場合、

安定した収入に結びつく資格を取る、というのが命題でしたから・・・。

子どもたちを無事育て上げるため。

不安定な夫の稼ぎを補うため。


当時はそれすら腹が立ち、

「こいつの稼ぎが悪いせいで私が苦労させられる!!」

という考えも頭をよぎりましたが・・・(爆)


夫の、

「北海道で家具工房を開く」という雄大な夢に惚れこんだからこそ

結婚したはずなのにね(^^;




あの日、私は底を打ったのです。



自分が自分であることを生かせるような、

自分らしさを輝かすことがそのまま社会の役に立つことであるような、

そんな仕事がしたい!



私はあんたの踏み台じゃない!

ふざけるな!

とぶち切れて泣きながら大喧嘩した、まさにあの日。




もうこんな人生はイヤだ。

我慢して自分を殺して生きるのはイヤだ。

私は私の人生を、輝いて生きるのだ。

そのためにはリスクをいとわない!


その方向へ、明確に舵を切ったのです。




今まで、

自分らしい人生を生きるための努力やリスクを回避して、

安易な就職先を選んでいたのは、他ならぬ私だったのです。


自分を生かす道の厳しさを察し、

流されて生きる方を選んでいたのは、他ならぬ私だったのです。




そして、つくづくもうイヤだと思った。

安易な道に流されることの不毛さを、思い知った。

今思えば、

心の底から「自分の人生を生きたい。そのためには何でもする!」と

思えるために、必要な遠回りでした。


そして臨床心理士をいったん志し、夫に反対されるのも、

必要な儀式だったように思います。

あれで、底を打ちましたから。



あのきっかけで、

「ふざけるな、私は私の人生を生きるんだ!」と

大声で宣言できましたから。




その日から、全てが変わり始めました。




しかし、それにしても、

夫の「お前には占いがあるやないか」という言葉には耳を疑いました。

だって・・・

(つづく)
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 20:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 占い師への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

占い師への道 3


う、占い師になれ?

は?

そんな簡単に言っても、占い師なんて誰でもなれる職業じゃないでしょ?

予知能力とか、霊感とか、そういう能力がいるんじゃないの?

だいたい、そんなうさんくさい職業(^^;本気であなたは妻に勧めるの?


また人をからかって!





ところが、夫は本気だったのです。


そういえば以前から、

私が「何かちゃんとした資格を取って働きたい」と言うたびに、

「占い師になれば?」とよく言ってました。



「またまた〜^^」って感じで、私は聞き流していましたが。

私の方にさっき書いたような偏見があったんですね。



夫いわく、



「よく色んな人をタロットで占ってあげてるやないか。

あれを見ていて当たってるなあ、っていつも感心してたんや。

占い師やったら田舎でやっていても誰か来てくれるやろう。

占い師が向いている。

占い師になれ!」





夫はもともと、精神世界だのスピリチュアルだの占いだのに

全く興味も関心もない、普通の頭の固い男の人です(^^;



私の不思議なもの好きを、

笑われたり馬鹿にされたりすることはあっても

認められたことはなかったので、

最初はからかわれているとしか思えませんでした。




しかし、そんな夫が、

「お前が人を占ってあげてるのを見て当たってるなと感心していた」

と言ってくれた・・・


最初は占いを馬鹿にしていた人が、

私のタロット占いを見て、占いに対する認識を変えた・・・


こんな光栄なことがあるでしょうか。

これ以上の誉め言葉があるでしょうか。


夫のこの言葉に、

「私ってもしかしたら才能がある? 占い師になれるかも?」

と思わされました(^^)



こうして、夫に説得されるような形で

「占い師への道」を真面目に考え始めることに。



確かに私は小学生の時からタロット占いが好きで、

機会があるごとに友人知人を占ってあげていました。


でも、手引書と首っ引きの、

素人丸出しのお遊び占いでしかありませんでした。

自己流の独学でしたし・・・

とてもプロ占い師にはこのままではなれません!




その不安を夫に訴えると、

「全面的に応援するから勉強すればいい、

家事育児のこともお金のことも心配するな」

と言ってくれました。


夫もあの大喧嘩で色々と思うところがあったんでしょうね(^^;

耳が痛かったのでしょう(^^;

だから突然理解のある夫に豹変(^^;




   .。.・:*: ☆ .:*:・:'


しかし、よく考えてみれば、「占い師」は私が求めていた職業に限りなく近いかもしれない。

時間が経つにつれて、その夫の案に引きつけられる私がいました。



もともとタロット好き、占い好きである。

精神世界への興味と感心を生かせる。

悩んでいる人の話に耳を傾けることでその人を支えたい、

という想いが叶う。

心理学や傾聴やコミュニケーションへの興味と知識を生かせる。



職業名の“聞こえ”がアヤシイことなど、

どうでもよくなってきました(^^)


かえって、

「お仕事なんですか?って聞かれて“占い師です”って答えたら、

ウケるかなあ^^」


などと、ワクワクするようになったりして・・・(爆)


すっかりやる気が沸いてきた私が直面することになった次の壁。


それは・・・







占い教室が見つからない!






当時本州にいて、

今住んでいる北海道の山村よりはずっと便利な町だったのですが、

それでも地方都市。


通える範囲に占い教室が見つけられないのです。


電話帳を調べ、ネットで検索し、顔の広そうな友人知人に相談し・・・。


電話帳に載っていた近郊の占い師数人に鑑定してもらいに行き、

「占い師になりたいんだけど」と相談してみました。


鑑定結果としてはいいことを言われましたが、

占い教室の情報はありませんでした。


ネットで「占い教室」「占い講座」「占い師になりたい」などなど、

思いつくキーワードで検索してみたんですが、

当時はそんなに数がヒットしませんでした。



数少ないネット上の情報も、条件がなかなか合いません。

東京や大阪など、遠方で、しかも何ヶ月間か通うもの→却下。


講師の占い師の先生の人柄が尊敬できない

(クライアントさんの悪口を延々と書き込んであったりする)→却下



結局選考に残ったのは、通信教育でタロットを教えてくれる学校一つと、

「よーじゅのタロット講座」

その二つでした。


通信教育の方は、結構まとまった額を一括前払い。


特に誰かからの紹介とかではなく、

HP上の情報のみで判断するのは少し不安でした。


だいたい、通信教育で

プロになれるくらいの技量が身につくものなんだろうか?

願わくば、通信よりも対面で、手取り足取り教えてもらいたいものだ。


一方「よーじゅのタロット講座」は

“遠方からいらっしゃる方のための三日間集中講座もあります”とある。

そこで「ほほお?」とまず引きつけられた(^^)

よーじゅ先生のプロフィールなど、読めば読むほど惹きつけられる。



心理学、哲学、カバラ思想などにとても造詣が深いらしい。

タロットカードを

深層心理や精神分析や象徴学と結びつけて捉えている方らしい。

「まじない」「呪い」などのおどろおどろしい言葉が出てこない。

「霊感」という言葉も出てこない(私が霊感ないもので・・・)。

「ずばり当てます」みたいな売り文句もひと言も出てこない。

真面目に研究対象としてタロットカードを捉えている印象。


しかも、「週刊タロット占星術」コーナーなどがあり、

星座別の運勢が毎週掲載されているが、

それを読むと当たっている。


つまり、「当たる占い師!」さんなのだ。



Q&Aコーナーやコラムなどを読んでみても、

とても理性的でバランス感覚のある、

まっとうな物事の捉え方をする方。

狂信的という言葉からは遠い印象。

思索家の学者肌の、とても頭のいい方に違いない。




私は心理学者のユングが大好きなんです。

ユングは、易やタロットなど占いにも通じていて

共時性理論や共通無意識理論で占いを説明しようとした人です。


そんなユングの考え方に傾倒していた私にとって、

同じく心理学好き哲学好きのよーじゅ先生に、

占いへのスタンスが近い方、

価値観を共有できる方、

共通言語を持っている方、

という印象を強く持ちました。



しかも私と同年代で、同じ大学出身者!


学部は違うものの、

同じキャンパスを共有していた学部の出身者。


きっとキャンパスで、学食で、

何度かすれ違っていたんだろうなあ、と思うと親近感が・・・(^^)


私は

「とうとう師匠をみつけちゃったかも!」

という喜びと期待に胸を膨らませながら

よーじゅ先生に初問い合わせメールを送信しました・・・


(つづく)
posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 19:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 占い師への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

占い師への道 4

乾いた砂地が水を吸い込むようでした・・・。



よーじゅ先生のタロット集中個人講座での私の様子です・・・。

2002年の8月、暑い盛りのことでした。


当時神奈川県に住んでいた弟夫婦の

社宅に泊めてもらって宿泊費を浮かしながら、

私は三日間の集中講座に通いました。




久しぶりに、言葉の通じる人と、出会った。。。。



その喜びと満足感。




私は普通の人とは言葉が通じない、と感じてしまいます。

私は、自分の内面や人の内面などに関わる、深い話にしか、

興味を抱けない。


昨日見たテレビの話、お天気の話、噂話、、、、

普通の世間話にはついていけない。

どこでどう反応すればいいのか、わからない(;;)

どんな相槌を打てばいいのか、わからない(T T)

本当に、違う言語を話しているかのように、かみ合わない。



いつも、自分は誰とも言葉が通じない、

という孤独感を感じて生きていました。


たまには、通じる人もいるのです。

そういう相手とは深く長い付き合いが続きます。

お互いがお互いにとって希少価値があるので(^^;



でも、そんな相手と出会う確率は低いものでした。

子どもの小学校のお母さん友達、ご近所さん、、、、

何人新しい出会いがあっても、誰ともかみ合わない。



そんな中、久方ぶりに、言葉の通じる人と出会った!

それがよーじゅ先生でした。

ユングの話ができ、フロイトの話ができ、

錬金術の話ができ、シンクロニシティの話ができ、

ハイヤーセルフの話ができ、、、、


それだけでも十分嬉しいというのに、

ただ会話が成立したというだけじゃないのです!



その上に、よーじゅ先生が、私に新しい知識を教えてくれるのです!

私が興味ある分野の話を!




まさに、砂地が水を吸い込むよう、

乾いたスポンジが水を吸い込むようでした・・・

快感でした(;;)

幸せでした(;;)



この日を境に、私はライフワークを生きるようになっていきます。

ライフワークを生きている人間の周りには、

同じ波長を出す人が寄ってきます。


あの日から、私は徐々に孤独から抜け出しました。

新しく出会った人の、ほとんどが言葉の通じる人、という状況に、

いつしかなっていました(^^)


ソウルメイトに周りを囲まれ、

一緒に高みを目指す旅の仲間も、

“旅団”とでも言うべき数になっております(^^)


今となっては、あの頃の孤独に悩んだ日々がうそのようです。



自分がそんな経験をしたから、私は孤独な魂をほっておけない。

見つけ出したい。

そして「あなたは一人じゃないよ」と伝えたい。

「あなたらしさを、怖がらずに表現してごらん。

たくさんの人があなたの波長に引き寄せられて集まってくるから。」

と伝えたい。

その人らしさを表現し、

ライフワークを生きる人になるのを手伝う人になりたい。



私がブログに自分をさらけ出し続けるのも、

メルマガを発行し続けるのも、

色んなセミナーや講座を企画するのも、全部、そのためです。


孤独な魂を見つけ出すため。

名づけて、「醜いアヒルの子救出大作戦」。



あなたが周りの人と異なるのは、

あなたがアヒルの子じゃなくて、白鳥の子だったから。



どちらの方がえらいとか優れているとか、そういう比較の話ではなく。

最初っから異なる種だったのに、比べてもしょうがなかった、という話。

そして、あなたと同じ種に属する仲間も、ほらこんなにいるんだよ!と。

それを伝えていきたい。



あなたも、私の「旅の仲間」に加わりませんか?(^^)



/完



コーチングやタロット占いのお申し込みはこちら

アメーバブログへ

本ブログ「コラム置き場」トップへ

私の企画する講座やイベントはこちら。どれかに参加してみてくださいな。

posted by スピリチュアルコーチたまちゃん at 18:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 占い師への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
banner.jpgホームページ「スピリチュアルコーチング」はこちら!
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。